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  2010年5月 3日

バイシクルミーティング

2010年4月29日

 

野呂山ヒルクライムレース

 

3月に地元であった西日本の自転車レースへ出場した時に、この要項が同封されていた。

石垣島のレースでは課題が見つかるのはバイクだと思っていたので、この週に開催されるヒルクライムレース(登りだけの自転車レース)へ出場しておきたいと思っていました。

呉市の野呂山を下から上まで駆け上がるもの。

野呂山へいかれた方は想像付くと思いますが、結構登ってます(笑

きっと課題に見合ったものが得られると思っての出場です。

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大会側は秋に呉市で開催されるビギナーズトライアスロン主管の方々で、今回のレースも招待していただきました。

 

初めてのヒルクライムレース!

一人ずつ30秒間隔で順番に出走していく。

駆け引き無しの自分との対話ですすめていくトライアルだ!

足が動かなくなるんだろうなって予測していたのだが、軽いギヤ比でせっせと登っていったためか、はたまた、6月に開催の宮島大会を意識して臨んでいたからか動きは止まらなかった。

全く知らないコースで無意識にもセーブもしていたこともあるが、良い感触をつかんで終えている。

登っていて感じる事・・・非常に意味のある体験となった。

また、自転車仲間と申しますか、少し違う顔ぶれの中で気持ちを通わせるスポーツ感がまた意味のあることだと思うのです。

そして、このイベントはレース以外にもオークションや、『いけてるサイクリストコンテスト!』などあり、審査員までさせていただき楽しい時間をいただきました。

 

このレースのおかげだと言える、これからのトライアスロンライフにしていきますよ!

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こんな小さな ちびっ子まで参加してます!

自分たちの倍以上の時間をかけて登ってくるのです・・・楽しかったんだって!(笑

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県内のジュニアサイクリスト! かっこいい!

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  2009年12月 7日

三原駅伝

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その名の通り、三原市で開催される駅伝です。
見どころは、小さな子供から大人までが同じコースレイアウトで距離やスタート時間、カテゴリーは違えど、コース上で重なること。
見ていて微笑ましい!

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自分などは、抜き去るときには、子供や中学生などへは背中や肩へ手をさしのべ、少し押してやります。
そうすると子供たちって反応するのです。
そしてその遠ざかっていく後ろ姿から、何かを感じるでしょう。


今回は、今までに無いほど私へ対しての応援が沿道へ連なったこと。
『福元さ~~~~ん、頑張れ~~~!』
数十メートルにかけて一列に並んでいる箇所へ、トライアスロンのゴールシーン特有の観客と選手が手をタッチさせながら喜びを分かち合う事 (写真は2007韓国アジア選手権)ができたのだ。

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駅伝など、チームタイムを競う競技ではあり得ないシーンです。(それを行うことでタイムやリズムは崩れます)
仲間が用意してくれた場で、私が想う本当に大切にしたいことを行いました。
手を振れた子供たちのその喜びようは微笑ましいものでした。
今回そんな雰囲気になったのは、きっと自分が走ることを心底楽しんでいたからなのでしょう。
頑張ってるから応援してくれ!ではなくて、
今、走れている事がうれしくてしかたがないと言う姿がさせたのだと感じます。

八尾師匠がいつも言ってくれる、
見返りを期待しない。
それに通ずるものがあるなと。
それは普段の練習でもそうなのだと・・・
その意味を少しずつではあるが理解しだした事を感じています。


今回このような状況になれたのは、地元のランニングクラブ(本郷アスリート)の仲間のおかげは言うまでもありません。
1区から自分のところまで、自分の脚へ無理をさせまいと暗黙の了解の中で逃げに逃げてくれたお蔭でした。
それでも、久しぶりの駅伝には緊張感がありました。なんともいえないこの感覚・・・
最高でした!
競技者であり続けることを誇りに思います。


もう少し痛みはありますが、もう治る前の痛みです。
ここを用意してくれた仲間の想い・・・
ここをゴールしたことで、ここから新たなるスタートにしたいのです!

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↑ チームリーダー たかさん!

 

Photo テツロー

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  2009年11月23日

光がう~っすら見えてきた!

たぶん・・・笑
ひろしまベイマラソンに招待を受けました。
今は42.195kmは走れません。

そのことは大会側へお伝えしました。
国体後(9月27日)からは、初めてのランニングとなります。
金曜日のスイム練習後に、体育館の温かいところでゆっくりジョギングを開始。
どこかが痛くなるはずだから・・・

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Photo Fukada

坂ベイマラソン IMG_4084

土曜日は10分もしないうちに、前日のトレーニング効果(あえて効果といいきる)の影響を受け、脚がカチカチに硬直して走れなくなりました。
その晩は、低周波・ストレッチ・マッサージで回復に努めていました。
出場する目的!(これからの材料を見付けに行く!)
体を造ることはしているが、走るという行為は徹底して避けてきました。
重力に対して何処が痛くなるのか、動かなくなるのか、どのような動きができて、できないのか、その反応を確認する為にも、
痛め直さないことを大前提として出走です。
知人にスイッチが入る音がしたら止めてくれるように冗談含めスタートラインへ。
前回優勝者と握手した瞬間に入っちゃったかな~(スイッチ)
リハビリで筋力は以前を上回りついているので、スピードは出ます。
きれいなフォームで走ればなおさら進みます。
トップに立ってからは、時期に動かなくなるだろうからそのまま押しちゃえって感じでした。
5kmまで2番手でレースを引っ張り、一応招待選手として今出来る役目をはたして、あとは足の様子と相談しながら続行してみます。
10kmで重たいシューズと足底盤を外し、ミドルウエイトのシューズに履き替えたので、走りやすくスピードは上がりました。
脚は大丈夫? 気をつけないと・・・
問いかけながらではあるが、バネを利かせて走っている自分を本当に久しぶりに感じました。(写真)
走ってるな~ 綺麗に走れてる!

うれしくなりました。


決して穏やかな気持ちでリハビリに取り組めていたとは言えません。
最初は、今はこれぐらいしか出来ないし、出来ることなら少しでもやっておこうと自分を進めてきました。
地味なトレーニングです。
それを繰り返すことで、次の目標が生まれます!
『より強くなった福元テツローを見せてびっくりさせてやろう!』
この気持ちが生まれてから、出来ることは小さなことではあるが、しつこく繰り返して来れるようになりました。
本当に小さなことの繰り返しです。


レースの方は、予定距離をオーバーしたので15kmでストップです。
一気に15kmなんていつぶりだろう?

アキレス腱を痛める前の5月以来だな・・・
患部の様子は想った以上に良かったが、反対の脚へ痛みを出してしまい、帰りはまともに歩けませんでした(笑
しかし、これは急性期の痛みで修正できるはずです。
翌日、リハビリを手伝ってくれるHちゃんは、それを聞くまいと、『きこえませ~~~ん』と耳をふさぐ(笑


通勤を、自動車でもなく、自転車でもなく、この脚で走って通えるのはもうすぐなのかな?
白い息を切らし、希望に満ち溢れた姿で、
2010年の春へ向け、夢中になっている姿を想像しています。

 

~~~~~ 脚の様子を気にかけてお便りを下さった方へ ~~~~~

あなたの真心に救われました・・・感謝

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  2009年10月12日

三原市民体育大会

2009年10月11日(日)

三原市には全国でも珍しい・・・らしい、(自分たちは物心ついたときから当たり前にあったので)

市内全域の地区対抗での運動会が何十年も前からある。

(この模様が10月23日(金) NHK総合 20時~45分間で全国放送される)

Photo Miyachi

小学生のころからここで走れることは、『足が速い!』と認められる場でもあった運動会。

小学生前半は、走りたくても選ばれなく、走りたくて仕方が無かった市民運動会。

後半から選ばれるようになり、『かけっこの速い、てっちゃん!』として活躍できはじめたところです。

10万人の小さな市の運動会。

今やトライアスロンでは、日本一決定戦や、アジア、世界でレースをしている。当時からすれば夢にも思っていないところで走れている。

いつまで経っても自分の中に、こんな小さな運動会など走る必要ない!など、そんな気持ちが起った事がないのは、 きっとここから自分の走ることへの想いや魅力が生まれた場所だからじゃないのかと思うのです。

その頃の純粋な気持ちを振り返れるからなのか、高校で寮生活していた3年間を除けば、25年以上ずっと出場している事になる。

ご存知のとおり、今シーズンは足の故障で走れない状況に陥り、国体後からは治療に集中し、走ることを中止して2週間経過。

地元で元気な姿を見せること!(これが今の競技へのモチベーションの一部でもある)

自分の中にある特別な想いを果たすため、前日まで判断を待ってもらっていたのです。

前日、何とか人並みには走れることを確認し、無事出場できました。

今、出来ることをやる!喜んでもらい、そこにもうれしさを感じる。

スポーツって、本当にいいな!と心底思える日。

両親は昔で言う体育の日に結婚し、自分が生まれた。

この日が特別な日と感じるのは、その縁もあるのかな?と最近感じるのです。

速人も応援に駆けつけた。父の背中はどう見えるかな?

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  2009年10月 1日

国体へ参加して

世界選手権やアジア選手権もチャンピオンシップスポーツならではの強烈な気が漂う。

新潟国体へ参加し、また違う舞台のすばらしさと、 他の大会には無い独特のものがあった。

開始式での日本トライアスロン連合会長の長きに渡る想いの感慨深さ感動しました。

そして、各都道府県のプラカードに並ぶ代表選手たち。

競技ウエアには所属やコマーシャルなどなく、都道府県名とその番号、 そして選手名のみ。

国体は、真の意味でのトライアスロンを愛する魂を試される大会でした。

無形の紙切れ一枚を目指して戦うのです。

無形の意味。

その競技への情熱と想いの発表会だったと思えます。

誰一人として最後まで力を抜かない・・・いや、 抜けないと言うのが正解かもしれません。

声援の中には、名前もレースナンバーもある、だが一番先に、 一番多く都道府県名が飛び交う。 

日本一大スポーツイベントとも、過言ではないでしょう。

国体ってすごいな!と高校時代からの魅惑の場所へ立てた事も含め、

そこに立てた自分を誇らしくも思えています。

順位など関係ない!とは勝負の世界でいえませんが、 超越するスポーツマンシィップがそこにはあったのです。

だから、競技者である以上、ここにたち続けたいとも思うのです。

来年は千葉国体。トライアスロン競技は銚子市で開催される。

その次は、お隣の山口県。

来シーズンの自分は、ハツラツと充実した顔で、 力の限り頑張っている姿をイメージしています。

本当にわくわくするよ!

みなさんもそうでしょう?

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  2009年9月29日

新潟国体

2009年9月27日(日)

トキめき新潟国体 トライアスロン競技 (新潟県村上市)

結果:37位

今の実力どうりの結果でした。

今シーズンはこれで最後にしようと臨みましたが、

広島県代表として不満の残る結果です。

お許しください。

国体は素晴らしい舞台でした。

『このままでは終われない!』

『力の限りを尽くしたい!』

本気で思いました。

今シーズンは結果的には半分も力を出せなかった。

あきらめずに見ていてください。

男として、来年けじめをつけます。

 

様々なところで支えてくださった皆様、本当にありがとうございました。

皆さん、応援ありがとうございました!

 

想いを通すためにギリギリまでよく頑張ってくれた体、ありがとう。

これからしっかり労わってやります。

 

現場で兵庫県メカニックの車さん、バイクの整備ありがとうございました。安心して乗れました。

岡山県のメディカルサポートの河本先生、テーピング等ありがとうございました。

兵庫県代表の木庭選手、高野選手、調整練習の同伴ありがとう。

国体期間、八尾師匠に力をいただき、心に響きました。

おかげで何とかゴールは出来ました。

ありがとうございました。

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  2009年9月22日

日米親善MCAS岩国トライアスロン

2009年9月20日(日)

場所:アメリカ航空自衛隊基地(岩国市)

結果:3位

スイム1500m:22分08秒

バイク40km:1時間07分16秒

ラン10km:42分58秒

 

世界選手権翌週、国体前週という位置付けで組んでいたレースで、確認と調整を兼ねての出場としていた。

ここはアットホームな大会で、『日米親善でトライアスロンを楽しむ』のがコンセプト!

気楽に参加!が結果的に大反省のレースとなってしまった。

国体前に優勝して乗り込みたいと青写真を描いていたにもかかわらず、

どんな理由があろうと、ランで大崩れをし、用意された押さえるところを押さえられなかった自分に腹が立つ。

何をやってるんだ・・・

皆さんもこのようなことが無いようにと記述する。

Photo by Kitamura&Yamashita

①エネルギーの補給(スタート前の補給忘れていた+バイクへのセットは準備しなかった)

②水分の補給(バイクへつむ1L少々の水分では間に合わなかった)

③調整練習(走れるようになった分、国体へ向け練習量ハードになっていた)

④ゲンかつぎ?(必勝オギロパンを忘れた・・・)

これらを含め、過信も加わっての結末だ。

スイムは1分ほど置いていかれたが、バイクで10km手前でトップに立ち、 少し並走した後に駆け引きを楽しんでトップへ立ち独走態勢へ。

元気いっぱい十分トライアスロンを楽しめていたのだが、

バイクで最後の8km辺りから力が入らなくなり、体がしびれだす。

明らかな脱水と、ガス欠。

流れに沿ってバイクを終わらせ、トランジットで水とバナナを詰め込んで、ランスタート。

タイムロスどうのではなく、安全に完走しなければ大会側へも迷惑になる。

勢いよく飛び出したが、体にキレはない。

と、言うより、全く走れていなかった。

余計にきつく、苦しく、長いラン競技に陥った。

見えないほど差があったのもラスト1km少々で追いつかれ、見る間にはなれ、単独になれば先導もいなくなり、 弱っていたのだろうコースミスを繰り返し、その間3位まで落ちた。

いろんなことに気を付かされるが、結果はやはり負け。

ゴールシーンを見ていない方々からおめでとうと声をかけられる。

どう見ても普通は優勝している明らかなレースだったから仕方が無い。

勝つことで応援者が笑顔になってくれることが喜びではある。

が、自分はやっぱり負けることが嫌いで、若い時のように燃え盛る気持ちがまだあるようだ。

もう、そういう年ではないのかも知れないが、これが今の正直な姿だ。

付け加えれば、心と体のバランスに修正が必要なことは感じる。

アジア選手権は自分を救ってくれた。

世界選手権は結果お預け(DNF)

国体調整にと据えていたレースがこれでは・・・負け試合は体もダメージも大きい。

今週末は初の国体になる。

テツローよ・・・

まだ間に合う。もう一度、自分を救ってやれ!

 

ベテランと言われながら、いまだにレースごとに勉強させられる。

まだまだ甘いな~・・・人生って、日々勉強なんだよな。

脱水で手の指が硬直しているのが分かる。↓

 

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  2009年9月21日

フォトギャラリー(世界選手権)

2009ITU世界トライアスロン選手権ゴールドコースト大会

出発前にオギロパンへご挨拶!

JAL職員で三原市さぎしまご出身の平本氏が伊丹空港では色々と動いてくださいました(感謝)

伊丹空港の【日本そば】はおいしかったな~

ついでに成田空港で一人で食事はこれ

ゴールドコースト到着後に選手受付には現地日本人のスタッフが対応してくれた。

韓国の朴さん【プロロングトライアスリート】と、いつも声をかけてくれる韓国選手とブースにて

今回泊まったホテルだ(9階)

沿道にて応援中に食事をするのが毎日

応援の移動中にパクリ

ジュニアの選手応援

自分より先にパンクでレースが出来なかったが、最後まで可能性へ賭ける姿は胸を打った!

細田隆茂(チームブレイブ)

女子エリート選手たち(土橋茜選手・足立真理子選手)チームケンズ

テツローさん!といつも慕ってくれるかわいい選手たち。応援よろしく!

同じく崎本智子(日本食研)

いつも一緒に行動させていただく八尾師匠(チームブレイブ)公開練習にて

レース会場からながめた宿泊場所のある市内

世界選手権には身障者のカテゴリーもあり、心は一緒です。

ジュニアカテゴリースタート前に綿密に打ち合わせる師弟関係

毎年広島に来てくれるキムくん!再会できたことで喜んでくれた。

そのお父様のトンヨントライアスロン協会専務

ジュニアのスタート!

落車があり、背中がずる向け状態。それでもゴールを懸命に目指す椿幸平選手(チームブレイブ)

帰国

このウエアにも感謝だな!

また着ることができるように努力します。

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  2009年9月16日

世界選手権!

2009年9月10~13日

ITU 世界トライアスロン選手権ゴールドコースト大会

ゴールドコースト(オーストラリア)

 

結果:DNF(Do not Finish)

 

ゴールできませんでした。

ITU(国際トライアスロン連合)のホームページで確認された方も多いかと・・・

バイク序盤(6km)でパンクにより、リタイヤ

奇跡は2度は起らないぞ!・・・アジアチャンピオンになって2週間。

今回臨むにあたって、納得のレースになるだろうと信じていた。

やってみなけりゃ分からない状態ではあったが、このような結果になるとは想像すらしなかった。

 

スイムスタートはインコースを取り、さすが世界の飛び出しにぐちゃぐちゃにされたが、後半は、前のパック、 前のパックと追い上げる泳ぎを展開。

いけてる!と、手応えのある泳ぎが出来るようになった。

スイム好調!(15位前後でスイムアップできていた)

世界の舞台、真剣勝負が楽し~~~って思えたものだ。

バイクも流れに付いて行けている!

どれだけ粘れるかが勝負になってくるのは分かっている。

さ~行くぞ!

とその時・・・

・・・シュッシュッ・・・シュ~

『え~~~~』って、ホントに声が出てしまった。

これが6度目の世界選手権の結末でした。

15年間この競技でパンクによるリタイヤは経験していない。

世界選手権で、か・・・なんともいえない感覚・・・

様々な人の想いも乗せて戦っているつもりだが、それを思えば思うほど、無念さがこみあげる。

物事をスタートさせ、何の予兆も無く終了せざる得ないとき、この想いというものは非常に表現しにくい。

競技者たる者、良くも悪くも結果がほしいところ。

次へ進めないのだ。

今、私のトライアスロンの時間は止まってしまっている。

この時間を進めるのは、次回のレースでゴールを決めた時になるだろう。

止まった時間は動かさなくてはならない。

 

日本にいる友人が言ってくれた。

『オーストラリアの海を泳いで、バイクで6kmまで行ったんでしょう?すごいじゃない!』

『・ ・ ・ ・ ・』 

それもそうかと思わず笑顔にさせられた。

そういう考えもありかもな。

今シーズンの結果、来年のブタベスト(ハンガリー)世界選手権は派遣されない。

2年後の北京での世界選手権!(2008年北京オリンピックで使ったコースだ)

そのスタートラインへ立ち、堂々と世界を相手に戦う姿を、帰りの飛行機の中からイメージさせている。

人生もそうだ、いろんな事が起る。

だから面白いのだろう。

今回も、とびっきりの経験だったのかもしれない・・・

いや、経験だったと言い切っておこう。

秋からの講演活動でネタになる!と、秘かに思うのである・・・(一応、明るく締めておく!)

いや~終わったんだな~世界選手権。

今年こそ!と想いを募らせて来たゴールドコースト。

将来どんな想い出になっているのかな?

それは、これからの生き方でしょう!

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  2009年9月 1日

フォトギャラリー(アジア選手権)

八尾(左)・村上(右)コーチ率いるのチームブレイブの選手たち!

ちなみに自称 チームブレイブ広島支局!

インチョン国際空港へ到着!

快適なホテル滞在でした!

日本選手団!

八尾師匠とその弟子たちの刺激練習に同伴

これからプロフェッショナルになるぞ!古谷純平

スイム公開練習!といっても潮は超ひいています・・・

いったい、何人で食べあげるのでしょうか?

毎年くらはし(広島県)に来てくれる韓国の友人だ!

兄貴!と読んでくる朴くん(右)、通訳ありがとう!(ちなみにスイム1番でした!)

カザフスタンの選手と一緒に食事!言葉は分かりません・・・

毎年お世話になる、韓国トンヨン組と一緒に夕食をご馳走になりました!

八尾師匠!

早朝に帰国された千葉コーチがドアにそっとはさんでいてくれました。

先に帰国するチームメイトもわざわざウオーミングアップ中だけでも声をかけに会場まで来てくれるなど、

真心ある最高のジャパンチームです!

勇気満タンでスタートです!

でわ!行ってきま~す

周回を重ねあげて走る、走る、はし~る!

きついぞ~~~だけど、やっとここまで来れた~

ゴール後は会場の食堂にて

やったね!

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  2009年8月31日

ASTCアジアトライアスロン選手権インチョン大会

2009年8月30日(日)

韓国:インチョン市

結果:エイジカテゴリー 総合優勝(1時間53分18秒)

 

奇跡が起った!

そう思えるほど、うれしかった。

今シーズン、国体予選湯梨浜大会以来のやり切れたと言えるゴールができた。

人へは『あきらめるな』と言いながら、日々がしんどくて、苦しくて、もういいだろう。あきらめた方が楽になれる。 みんなも理解してくれる。そう思い始めていた事を明かす。

走れている自分がうれしくて仕方が無いと表現した方が良いだろうか。

まだ痛み止め無しで競技できないのは事実。

今シーズンはこれと付き合っていかなければならないようだ。

さて、レース自体は消して楽なものではなく、きつい上り坂では吐息と声が漏れる場面も。

ただこの苦しさ、がんばりどころなど、がんばりたくてもそこまでいけなかったことを思えば心地良い?と言うような想いだ。 (おかしいとおもうだろうが競技者所以のものかもしれないね!)

世界へ挑戦する資格があるか!

最後になるかもしれない国際舞台でけじめをつけよう。

結果が出せないなら、世界選手権は辞退しよう・・・

心に決めて乗り込んだのだ。

プレッシャーをあえてかけたつもりだったが、韓国入りしてえらくリラックスし落ち着いているのを感じる。

こんなんでいいのかな?と思うほどに。

日本選手団として戦う集団でありながら、それを支えるスタッフの人間の奥深さを感じ、その情熱と、彼らを包む雰囲気がすごくいい。

選手を送り出すとき、十分やってきたからであろう、実に落ち着き、しかし秘めた表情で送り出すのである。

我が状態を知るスタッフも自分を信じている、先を見つめた心に響く言葉を放ってくれる。

『なんかいいんだよな~』思わず笑顔がこぼれる。

大袈裟な言葉かもしれない。

命がけで挑戦し続ける選手やコーチ陣たちなのに、なぜだろうか、うまく表現できない明るさを持っていることをよく感じる。

命がけの苦しさや厳しさを知り、乗り越え、またその先へ挑戦しているからこそだろうか。

それに比べれば自分なんてまだまだ・・・

今回も、師匠と呼ばせていただく八尾氏となるべく行動をともにする。

人生の中で影響を受ける人・・・それぞれにそんな人がいると思う。

昔から、自分はこの人だと思っているのでそうする。

弟子たちを指導する姿は、人間力あふれ参考になるし、自らも多くを励まされ指導してもらっている。

今回は木曜日から現地で調整したが、当然のごとく現段階ではパフォーマンスレベルは低い。

その現状を踏まえやっていかなければならないが、不思議と焦りなど感じ無いのだ。

なぜか吹っ切れている。

この戦う集団の中で、精神を共有できていると感じるからか。

今までなら不安で苛立って、自滅していたかもしれない。

レース当日は雨。

コース自体はインチョン空港周辺の広大な敷地。

スイムは攻めて攻めまくった!

バイクは単独で走破。終盤バイクコースは全くの、ド!フラットで超高速レースが展開された。

アジアトライアスロン特有の超高級車(バイク)が行き交う。

ランこそアップダウンの2.5km×4周回の難しいコースと言われるが、自分にとっては合っていた様だ。

自分の力を出せれば良い・・・そんな境地にいた。

不安のランは痛み止めが効いていたが、スタート直後にグキッといやな感触があり躊躇したのだが、どっち道、 走れなければ世界は無くなる。

ランの練習なんてできていない、本人しか分からない、一か八かの賭けではあった。

若い時から投じて、染み付いていると言い切れる自分を信じた。

『必ず、後半は良くなる・・・』

日本選手団の応援が助けてくれた。

『福元さん走れてますよ!』、『てっちゃん行けてるで!』

今シーズン感じることの無かったスピードを感じながらゴールを目指せた。

自分に課した世界への挑戦権・・・

合格点だ!

うれしさと安堵感。

しかし、世界で!と言うにはまだ遠い。

これからの時間、自分なりに努力してみようと思う。

ありがとう、この体!

ありがとう、応援してくれるすべての人!

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  2009年8月27日

ありがとう、さぎしま!

一度は治りかけてたと思って公表したが、炎症は治まっていなかった。

改めて皆様に、マイナスエネルギーを送るわけにも行かず隠していたが、結局そのまま姿を見せなければならなかった。

今回は出場する事で、弱い自分を見せなければならなくなる。

勝って当たり前と思われる中、勝負にはならない状態で臨む自分が悔しくてたまらない。

毎年、この大会は良い緊張感で入るが、今年はさすがに気が重い。

やめればいい・・・人はそう言う。

自分の感覚だが、招待選手は大会へ花を添える役目がある。

それでも、実はやめてしまおうかと、一瞬気持ちが逃げかかった。

相当参っていたのだろう。

痛み止めが必要なアキレス腱・・・レース中盤から痛みが出だしたのは予想外。

バイクを終えたとき、一瞬ためらった。

このまま行くべきなのか・・・これ以上壊すわけには行かないし、止めてしまおうか・・・

会場が一瞬凍りついたことを肌で感じた。

行かなきゃ・・・

動き出した瞬間に、今まで感じたことの無い声援を受けた気がする。

こんな状態でも希望を捨てず応援してくれる人もいる。

行ってこようと思えたのだ。

秋風すら感じる例年に無く涼しい気候に、きつくない分いろんな事を考えてしまうもの。

積み上げた5連覇もここで終わり・・・

表彰を受けない年など無かったが・・・今年は無しだな~

こんなボロボロの自分を見てどう思うのかな~

ゴールの瞬間を喜んでくれる人たちを見るのが喜びだったのに。。。今回はだめか・・・

こんな時、人は悲しくなることばかり考えてしまうのが分かる。

それでもこの日のために足を休めて来た分、痛みは増すことなく完走はできた。

最後まで走れた事は大きかった。

ちっぽけなことを言う自分が恥ずかしいが、表彰式は見たくなかった。

すぐにさぎしまを去りたかった。

この大好きなさぎしまが嫌いになってしまうのでは・・・

その晩は眠れなかった。

それでも次がある。翌日は、変わらず練習する水泳の選手とスイムでつないだ。

すると、今日のことだ!

痛み止めを使わなくてもある程度走れる感覚を得た!

うれしくなって、先ほど夜風にあたりながら走って来た。

バランスは悪いが、走れていることがうれしく、思わず笑顔がこぼれガッツポーズだ!

弱い姿を見せることで強くなる。そんな事もあるかもしれない。

さぎしまが、痛みを取り去ってくれたのかもしれない。

そう思えてきたのだ。

さぎしまがくれたプレゼントかもしれないな!

当初から、さぎしまを復帰戦と位置づけての出場だったが、本当にスタートが切れたと予感する。

これが今年の、さぎしまの『奇跡!』なのかもしれない・・・

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  2009年7月20日

第10回アクアスロンくらはし

2009年7月19日(日)

呉市倉橋町 桂浜海水浴場発着

結果:2位(スイム2.4km+ラン18km)1時間47分39秒

 

駆け出しのころから出場し続けてきた、くらはし大会も10歳を迎えた!

(前日、『夏まつり』、レース後に『ウエディングパーティー』の招待があり、あわただしく、行って帰ってきたレースのため写真なし)

前日に主務を任されやってきた、夏まつりの本番を終えた。

前年の2万2000人をはるかに上回る人出だったと伝えられた。

また、警察からは、1件の小さな事故と、酔っ払いのトラブルがあっただけだと聞かされ、雰囲気からすれば成功したのでは? と感じホッとしている。

翌日、早起きして呉市倉橋町へ。

会場では知らない方がほとんどだが、今の足の状態で、出場することに驚く知人たちの声はあった。

どんな状況であれ、今回だけは出場しなくては・・・と言う理由もあった。

ここを10回大会まで持ってきてくださった森本先生(森本医院長)とスタッフの想いを考えれば、記念大会が成功だったと喜べるには、 招待選手の1番が欠けるわけにはいかないだろう。

何年も招待選手として招いていただいた節目の記念大会である。

形だけでも整えたい。

その想いで足を運んだ。

ただ、今回だけは痛み止めを服用した。

そうしなければ、この想いは果たすことが出来ないからだった。

ただ、これを読んだ、特に若い選手は絶対にまねはしないでほしい。

体の信号を無視するのだから・・・(薬の効果が切れれば当然の代償を受けることになる)

日頃は、競技者として手本になれるようにと努力しているつもりではいるのだが、

今回は目を瞑ってほしい。

とは言え、任された仕事に身動きできなかった前半戦も節目を迎え、この機会を、後半戦の再出発と位置付けたい想いもある。

故障をひどくしないように・・・忙しさにかまけてトレーニング量が落ちている影響もある。

じっくり体を動かし、安全に徹した。

それでも万が一があるかもしれない。

ゴールした時はホッとしたのは事実だったが、

ゴール直後に、森本先生が『ありがとう!』と駆け寄ってくださった瞬間に、自分の役目は果た・・・と思えた。

スポーツに限らず、ただ、勝った、負けたの世界だったら自分はこの世界にはいないだろう。

そこにある、もっと大切なものがあると想うから、今も続けているのだろう。

その大切なものをもっと、もっと感じ、見つけていきたいと思う。

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  2009年6月29日

2009村上・笹川流れ国際トライアスロン

2009年6月28日(日)

新潟県村上市

結果:2位(2時間09分34秒)

スイム=23分51秒(4)

バイク=1時間07分04秒(3)

ラン=38分39秒(5)

 

新潟国体プレ大会として開催。

何年か前まで、広島直行便があったころ出場していた大会だが、久しぶりに降り立った。

ここでは、ある年は前歯を折ったり、ある年は寒さで凍えて動けなくなってしまったり、風光明媚な特色あるコースとは裏腹に、 自分には苦い経験の地である。

今の状態で、あえてその地へ踏み込んだのには訳がある。

秋に開催される、トライアスロンでは初の国民体育大会の会場になるからだった。

もう一つは、この辺りでランキングポイントがほしかった。前半戦、無理を覚悟でだ。

ご存知のとおり、今シーズンはまともにレースは出来ていない。

状態は良くない。

前日軽く走ってみたが相変わらずだった。

当日、快晴。気温も30度以上。

日本海を気持ちよく、久しぶりに透明度のある水の中でレースが出来た。

割り切ろうにも、足への不安はある。

心配してくださる関係者には、国体の試走!と伝えるが、本心は少し違う。

スイムを3~4番手辺りでアップし、バイクで2位へ上がったが、20km手前でバイクの速い外国人選手にパスされた。

徐々にその姿が小さくなるが、出来る粘りは発揮した。

そのお蔭か、ランに入ると射程距離。

とは言え今の状態では一気にトップスピードに入れない。

ゆっくり走り出したが、足の裏に小石がある感覚で痛い。

立ち止まり、シューズを脱いで、ソックスを脱いで(他のトライアスリートはほとんど履かない・・・)確認したら足裏を切っていた。

スイムアップの時に切ったな?

仕方がない、履きなおして再スタート。

ゆったりだが、綺麗に!走った。

1km少々で外国人選手をパスし2位へ浮上。

今日はここまでか・・・そこからは自分が走るのではなく、激痛が走っていた。

そこからリズムが崩れ3回歩いた。

足を引きずるようなフォームで、こんなの自分のランではないと思うほどに情けなくはなる。

村上市街地へ入り、5km辺りで後ろ100m以内に数人追ってこられていた。

ここから何人に抜かれるだろうと思いながら走っていたが、意外にそこから上がってくる選手はなく、そのまま2位でフィニッシュ。

暑さで後半は思いのほかペースが上がらなかったのだろう。

さすがにラスト1kmでは、欲が出た。

ここまで来たら抜かれたくないよな・・・

自分を思って声をかけてくれる言葉に、『無理をするな』とある。

自分は無理ができるならば、そこまではやろうと思う。

それが自分を創ってきたものであるから。

先週の地元大会の欠場は、それさえも出来ない状態だった。

魂まで沈んでいきそうだった。

経験から、その沈むものを早い内にあげてやらなければと思っていた。

今回は無理が出来たので無理をした・・・その付けは、当然ある。

今年は、もがきながらギリギリの所での競技になっていくだろう。

いつになったら思いっきり走れるようになるのだろうと、レース中さえ思ってしまう。

しかし、戦う精神を失わないように、

若くはないが、出来るならば、いつまでも前を見据えたギラギラした眼差しをしていたいものだ。

とにもかくにも、出場したことで国体本大会は楽しみになった。

このランコースを颯爽と走る福元テツローのイメージは出来ている!

村上駅前の宿泊ホテル前もランコース

↑ご当地の限定物を見つけるのも楽しい!

左アキレス腱炎症

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  2009年6月20日

報告(棄権します)

はつかいち縦断みやじま国際パワートライアスロン2009

先ほどまで悩み抜きました・・・

一度、会場へ向け出発もしました。

招待選手としてどの様に行動しようかとずっと考えていました。

バイクまでは何とかいけるのだから、次へのステップへ・・・

プロではないのだから、オープンウォーターとサイクリングを楽しむと切り替えよう・・・

昨年のレース中、どんなに遅れても、『福元さんはここから1位になるんよ!』と、地元の子供たちが言い合ってくれてた。

第1回大会優勝を地元で飾った反響は大きかった。

そんな期待を込めて手伝ってくれる、初めてトライアスロンを知った地元の子供たちに、弱い自分は見せられないな~

期待はずれの招待選手・・・

せめて会場へ行って仲間を応援しよう・・・

お世話になる方から電話があり、『今回は来ないほうがいい。競技者として次へ切り替えろ。』

その言葉に同感なところもあった。

とても今は心から笑顔で応援できないだろうな・・・道を引き返した。

大会事務局長へ想いを伝えた瞬間、涙があふれた。

もし来年の開催がなければ、二度とこのコースを走ることはない。

昨年の不甲斐ないレース中から、今年こそと想いをつないで来たレースだっただけに、無念だった。

来年も必ずスポンサーを見つけ開催すると言い切ってくださった事務局長の、熱き想いのこもった言葉に救われながら、

出場辞退を決心できた気もする。

また来年、一般参加から再スタートします!

 

出場される皆さんへ

思い出になる内容ぎっしりの素敵な大会です。

おもいっきり素敵なレースになることを期待しています。

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  2009年6月16日

ジャパンカップ蒲郡大会

2009年6月14日(晴)

蒲郡競艇場特設コース(愛知県蒲郡市)

結果:ラン途中棄権

Photo Fukada

スイム・バイクまでは確実に昨年より進化した自分を感じるレースだったように思う。

骨折患部はほぼ良好。

しかし、トレーニングレベルが上がり先週からアキレス腱に違和感を覚えていた。

先頭から30秒少々で最後のランをスタート!

足への不安がなければ最高のポジションといったところだった。

スタートしてしまえば痛みは感じないかもしれないという、淡い期待は崩れた。

『もってくれ!』

距離を進めるに従い痛みが増し、踏ん張りが利かなくなった。

トップをとらえていてのラン途中棄権。

もっとやれたのに・・・強くなった自分を確認したかった。

このやるせない気持ちのやり場に困る。

自分だけではない。

競技者はみな、様々なものを背負っている。

また期待と不安の毎日になっていく・・・競技者ってこんなものだ。おかしいだろ?

小学生からずっとこんなだ。

それが自分の人生なんだろう。

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  2009年6月15日

ジャパンカップ蒲郡大会

2009年6月14日(晴)

蒲郡競艇場特設コース(愛知県蒲郡市)

結果:ラン途中棄権

ランキングポイント獲得のために出場したのだが・・・

何があろうと結果は結果として受け止めなければなるまい。

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  2009年6月 8日

あいたたた・・・

デュアスロンひろしま(広島中央森林公園・三原市)

(第1ラン+バイク+第2ランの複合競技)

会場まで自宅から20kmという思いっきり地元開催の大会だ。

復帰戦を終え、これから7月19日までの毎週にいたる連戦へ向けてのスタート!

今回のレースは距離が短く、スピード強化にはもってこいのスケール。

スピードを目覚めさせる目的で、トレーニングとして参加する。

はずが・・・・

スタートラインへは立てなかった・・・Photo Fukada

バイクをこぎ、汗だくで会場入り。

さ~受付を済ませて準備へ入ろう。

受付の学生が『福元さん、名前が・・・ありません。』

大会申し込みがされていない現実がそこにあった。

エントリーミス!

骨折で入院・療養中、気持ちを前に向けていた時期に今シーズンのレーススケジュールをイメージしながら、 各大会への参加手続きをとっていたのだが・・・

すっかり済ませていると思っていた。(普通はすぐエントリーフィーは支払うのだが、この大会のみ当日会場で支払う)

このような事実に直面するとは思いもしなかった。

地元の大会、しかも今回は入院中に病院で知り合いになった方が、車椅子で応援へ駆けつけて下さっていた。

前回の湯梨浜大会へも片道4時間かけて駆けつけて下さっている。

また、いつもユニフォームのプリントでお世話になっているテックサイン社長も、お子さんをつれて駆けつけて下さった。

古くからご支援いただいている明治乳業(VAAM)の担当者も、会場でいつもながら注目いただいている。

皆さん自分の復帰を心から喜んでくれた方々だ。

元気になって戻ってきた自分を見せたかった。

何とか出場させてほしい・・・

と、無理を言いそうになる自分を抑えるのに必死だったかな~?

その方々には、事情を説明して理解していただいた。

とは言え事実を受け止め、その中で今日の目的であることに近いことはやっておこうと、

通常のウオーミングアップの時間をトレーニングにあて、その後レースを観戦。

優勝者の高橋選手は次元の違う走りを見せつけた。

本来ならそこに絡みたいと思っていた分、そこに無念さは残る。

来週からランキング対象大会のジャパンカップを転戦していく。

まず、蒲郡大会(愛知県蒲郡市)!

ここから自分の戦いが始まる。

今回残念に思ってくださったすべての方へ、ここで写真と結果をご覧いただき、喜んでもらえるようがんばりたい。

今日は、スタッフの懸命な大会支援・運営から、競技として最後まで頑張り抜く姿、完走する喜びをいっぱいに表現する姿、 ファッショナブルに着こなしたウエアが素敵で、かっこいい選手も、みなのそれぞれの顔を拝見できた。

これはこれで良かったのかな。

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  2009年5月26日

フォトギャラリー(湯梨浜大会)

先日お宅へお邪魔した時、復帰戦にかける想いを感じたと平尾氏と藤井氏が駆けつけてくれた!

プロの写真をご覧いただく。

  

やっと帰って来れた!その想いが出た瞬間だった・・・

 

前日の食事会にて!

メガなんとか?ハンバーグ&ライス大盛り

ウオーミングアップ

  

スタート!

  

750m×2周回のコースで一度上陸する

  

  

  

ラン3km地点で単独トップ!

独走態勢を築きながらも、後半は失速・・・

  

  

まさかこのコースでスイムのアドバンテージをひっくり返されるとは・・・

さすが陸の王者・高橋泰夫選手

  

昨年の『はつかいち縦断みやじま国際パワートライアスロン2008』を制した中原恭恵(やすえ)は、学生時代から 『テツローさんと一緒に国体へ出場したい!』と言い続けてきた。

それが実現した瞬間だった。

  

服部記者(産経新聞)は、昔、三原市で取材も受けたことがあった

プロカメラマン平尾氏

↓ 同じ遠征になれば必ず激写!してくれる深田(妻)カメラマン!勉強中というが、好きな写真を撮ってくれる。

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第1回ハワイトライアスロンin湯梨浜

『ただいま!』

と言っていいのかな・・・

長いトンネルだったのかな?

今までで一番、自分を見つめた時間でもあった。

競技者は骨折なんて経験しないほうがいいに決まってるだろうが、経験出来て良かったと言えるものになった気もする。

『福元テツローは必ず強くなって帰ってくる!』と信じてくれる人がいてくれた。

それが今の使命ならば、強くなって喜ばせてやろう・・・

それが心を支えたひとつでもあった。

粉砕骨折・・・大怪我には変わりないが、自分にリハビリと言う言葉は必要なかった。

3ヶ月間、一歩も走れない中でも、走る自分をイメージしてきた。

骨が着けば、すぐにトップスピードでいける準備をしておかなきゃとやってきた。

プールで泳ぐときも、部屋でバイクトレーニングしているときも、その練習とあわせて、走る自分をイメージしていた。

この期間に、努力したと言いえること・・・それは心の安定と、体のバランスを崩さないこと。

自分を信じることが出来るだけの準備だけはしておこう・・・

トライアスロンは、それが出来るスポーツだった。

先月、ディフェンディングチャンピオンとして、今回はできるところまでと出場した石垣島トライアスロン。

他人から見れば無謀とも思えただろう。

勝負にはならないが、それでも出場に踏み切った。

これからのために・・・

自分の感覚を信じ、覚悟を決め、そこから道は開けると思っている。

だから、今回があった。

 

復帰戦は、湯梨浜大会!

同時に今年はトライアスロンが国体へ初お目見えする。

広島県はその一発選考レースへ位置付けられた。

出場するに当たって、走りきれると言い切れる根拠は無し。

なのに不思議だ。

今は、どんな場面も耐えることが出来る!そんな状態だった。

試練と言えば大げさかもしれない。

しかし、自分にとっては大きなものだった。

乗り切れば強くなれる。

それを信じて日々を送った。

ほんの少し進化できた自分がいると感じる。

 

スイム、バイクをこなし、ランの3km地点で尊敬するミスタートライアスロン小原選手(シドニー五輪オリンピアン)をかわし、 独走状態に入ったとき、

『優勝できるかも・・・』と思ったのは事実

この2週間で出来る限りで走れる足を作ってきたが、さすがにここまでだった。

4km残し足は止まった。

デュアスロン元日本チャンピオンの高橋選手の強烈な追い上げに反応は出来なく2位でフィニッシュ。

優勝で復活を果たしたかったのは正直なところだが、

今回の結果は、また新たな希望と夢を抱かせてくれた2位だった気がする。

競技者的にはランの末足こそ自分の持ち味!それを取り戻せば面白くなる。

少し遅れたが、ここからシーズンインだ!

 

元気発信!

勇気発信!

少しは出来てると思うのだが、まだまだかな?

ここからがもっと大切なのだろうけれど、今は素直に良かったと思いたい。

この冬に、真心を下さったすべての方へ、感謝いたします。

 

結果:2位 (2時間02分44秒)

スイム:20分27秒(5)

バイク:1時間06分01秒(5)

ラ ン:36分16秒(3)

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  2009年4月30日

フォトギャラリー

2009石垣島トライアスロン

骨折した足へ細心の集中力で3ヶ月ぶりのジョッグ

手にはいつでも連絡が出来るように携帯電話(何箇所かでブースと交信)

レースでは絶対はかない分厚いジョギングシューズ

金曜日からFMいしがきサンサンラジオのスタジオへは行きっぱなし?

記者会見

スタート前の生出演

優勝した桑原選手!彼は1週間前のロングレース(宮古島トライアスロン)でも3位になっている。

さ~6時間の生放送のスタート!

女子ワールドカップで初の日の丸が中央へ高々と上がった!

ここでもコメントをしてくれている中島千恵選手(トーシンパートナーズ・チームケンズ)

スイムでトップを引っ張り、バイクも積極的なレースは彼女の進化を感じさせてくれた。

応援してほしい!

おまけ : めしも、うまし!

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  2009年4月29日

石垣島トライアスロン

2009年4月26日(日)

沖縄県石垣市(戸野城漁港メイン会場)

結果:13位 (2時間10分20秒)

スイム:20分23秒(5)

バイク:1時間07分40秒(9)

ラン:42分17秒(59)

人は極限の時に第六感と言われる機能を働かす。

今回はそれに似た感覚で走っていたように感じた。

知り合いのコーチトが言った。

『ぎりぎりのところで戦っているようだね。』

そうかもしれない・・・失敗は許されないところにいる。

左足の骨折している患部周辺から足裏全体が微妙な変化さえも逃さないように研ぎ澄ましているように感じた。

3ヶ月間一歩も走らず過ごしてきたため、どこかで足に異変はあると思っていたし、想像つかないほど長く感じるであろうと予測していた。

それは全く逆であった。

記者会見では歩いてでも安全な方法でゴールを目指したいと伝えていた。

ランに入ってからは勝負のスイッチはオフにした。

その代わりに抜いていく選手や沿道とともに今を楽しんだ。

ランニングしている自分が不思議とも思えたし、楽しく感じた。

完走できたことが素直にうれしく不思議な気持ちになれた。

 

・・・骨折している状態でスタートラインへつくこと事態が疑問に感じるかもしれない。

普通ならそうだろう。

自分は別のところに想いがある。それを他人に分かれとは言わない。

今回の遠征の意味を作りたかった。

出場に関しては、全く自分だけの意思で行ったのでは確かにない。

担当医は走って良いとは言わないが、だめだとも言わない。

『一応、早歩き程度にしときますか・・・』

記者会見では、『この闘病とは言わないがこの三ヶ月間やったことの成果をバイクまでは試したい。ランについては、昨年、 一番速く駆け抜けさせてもらったので、今回は感謝を込めて一番遅く周って来たい。今、出来ることの最大限のところでゴールを目指したい。』 と発言。

状況にもよるが歩き通すか、超スロージョッグでなら歩く程度の荷重で行けると判断していた。

前日に多少のジョッグを行い、シューズのクッションの感覚を感じ取れた。

バイクを終え、足裏の感覚が狂わなければいけると思った。

第六感を感じたレースは初めてのことかもしれない。

 

今年もFMいしがきサンサンラジオの映像と音声の生放送の解説に呼んでいただいた。

スタッフは10時間以上、自分でも6時間ブースで【伝えること!】に没頭した。

すべてが終了し、スタッフ皆で手を取り合い、拍手と握手が飛び交う。

打ち上げがこんなに楽しいと思えるのもなかなか無い。

二倍の達成感を感じることが出来る石垣島大会は、最高のスタートになる大会になっているのは確かだ。

想いを持って進むことが大切なのは、後で振り返った時その意味を知ることが出来るからだと思う。

皆もそうだろう・・・今からでも進めば何とかなる。

想いをもった行動が、その先で必ず意味を持つことになる。

その積み上げが進化に通ずるのだと信じている。

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  2009年1月25日

第72回中国山口駅伝

2009年1月25日(日)

山口県宇部市役所スタート~周南市役所ゴール(84.4km)

結果 : 三原市体協5位

個人 : 4区(10.4km)=区間5位(34分18秒)

 

実業団、郡市、高校と三部門で開催され、市民参加駅伝では中国地方最高峰の大会である。

昨年は足を痛めていたためキャンセルしている。

その分、今年は想いもあった。

が・・・

(↑ 後方に見える雪の峠を越えてきた!)

 

『走れんかった~~~~!』

ただこの言葉に尽きる。

チーム監督が設定する予想タイムに1分あまり遅く、自分でもここの区間における理想の走りへは遠かった。

後半こそ立て直し走れたが、久々にガックリくるその内容。

納得できないと言うより動かなかった前半がもどかしかった。

前日から降り続く大雪の中、チームメイトに付き添ってもらいコース試走。

大会もこのコンディションでスタートされた。

トライアスロンのオフトレの一環ではある。

しかし、目的なしで出場などしない。

特別に陸上選手のようなテーパ(調整)は行わないが、出るからには全力を尽くし心をつなげる。

今回の三原市体協は、今までに無く若手とベテランのバランスが取れた期待できるチームにもなっていた。

例年は最終区でまとめ上げるのが役目だったが、今年は前半重視で後半へ弾みをつけるオーダー。

走りなれた区間を走りたかったのは正直なところだったが、チームのために監督の戦略を受け入れた。

役目は重々承知している。

しかし、1チームを抜き、前と差を多少縮めるにとどまる。

もっとチームへ貢献できる走りができなかったのかと思うと悔しさがこみ上げる。

皆それぞれがんばったのだが、結果は昨年より一つ下がった。

想いは色々とある。

この区間に落し物をしてきてしまったようだ・・・

来年、もう一度この区間を挑戦させてもらいたい。

↑ このメンバーでのぞんだ!

↑ 朝は積雪だったが気持ちはよかった。

↓中学時代かわいがって頂いた先輩、 20年ぶりの再開(HPへ記事あり)

(わざわざ応援へ駆けつけてくださった。たまにHPへコメントをくれています)

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  2009年1月18日

第50回世羅西駅伝

2009年1月18日(日)

世羅町(旧世羅西町)

50回を数える歴史ある駅伝大会へゲスト出場として招いていただいた。

雪の残る世羅台地の起伏あるコースで開催された。

1区間3km前後で5区間(小学生は10区間)16.2kmを一人チームで勝負!だから襷は無し。

中国中学校駅伝で2位になった強豪中学生チームや、それに絡む地元の甲山中学校(今回男女優勝)、 一般部門チームなど元気いっぱいのランナーたちと最初からトップスピードでスタート!

全行程を満遍なく走るか、先頭争いをしてみるか。

いきなり登りの1区。

思わず飛び出しそのまま引っ張ったが、コースを知らなく最後の激坂で3番手に。

飛ばしすぎた・・・

3区までは競り合いながら進んだが、それ以降は順位も決まり、前後競り合いが無く単独走行。

ランのポイント練習として走っているが、後半になるほど体が冷えて動きは落ち着いてしまった。

それでも走れている喜びを感じながら世羅西の地を走破。

大会側も喜んでくれ一石二鳥!といったとこか。

今日も幸せをありがとう!

関係スタッフへ感謝

↑ 優勝した甲山中学校のみんな

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  2009年1月12日

第11回蜂ケ峰クロスカントリー

2009年1月12日(祝・月)

山口県和木町(和木ゴルフ倶楽部及び蜂ケ峰総合公園

結果:優勝(男子10km)34分32秒

 

2009年、初レースは金メダル!

小雪降る冷たい強風混じりのゴルフ場を走るクロスカントリーレース。

昨年より2分以上タイムが良かった!・・・昨年は足の状態も悪く踏ん張りきれていなくリハビリ出場

今年は正月も同じ失敗をしないよう心がけ、弟がメンテナンスを施してくれている事も大きい。

レース的には、昨年離された選手を意識していたが、スタート直後から学生がどんどんペースを上げる。

その選手にぴたりと付け、引っ張ったり、前に出られたりと抜きつ抜かれつの大接戦!

アップダウンや右へ左へコーナーが連続する超クロスカントリーコース。

1kmごとのラップが3分を切るところもあれば、3分30秒のところもある。

学生とおじさんのデットヒート。

ラスト1kmで、昨日の都道府県女子駅伝での栗栖由江と話したことを思い出した。

ラスト1kmの勝負どころの見極め・・・ラスト300mまで続いたデッドヒートは、

最後の登りを並走し、フラットになってから渾身のラストスパートが炸裂!

10kmずっと気の抜けない、精神的、肉体的にきつかったが、真剣勝負が面白かった。

やっぱり今年は良い年になる。

張り切っていきますか!

↑ スタート前

↑ 広島の素敵な仲間たち

No.1の愛車と一緒に!

速人の仲良し友達!

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2009年