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  2008年2月 3日

第61回世羅駅伝

2008年2月3日(日) 世羅町

オフトレーニングの真っ最中

動かない体と少々の故障が発生していたためランニングに関しては強度を落としていた日々。

良い走りは期待できないので代わりをお願いしたのだが、代わるメンバーがいないということ。

それならばできる範囲で動けるように急遽調整。

しかし前日から冷たい雨。世羅町は雪・・・どうなることやら

高校時代過ごした世羅町での駅伝のため、ここを利用させてもらいリハビリとして利用させていただいたのが正直なところ。

あまりにも低気温だと危なかったが、それでも曇り空から晴れ間が見えてきた『おっ!良い感じになってきた』

世羅高校など上位チームが通過後、わがチームの到着。

スタートして動きをチェックし襷をかけピッチを上げてみた。

思った以上に走れていたが、終盤は触っていない筋肉に力が入らなくなった。

準備していないものは当然の形で体感。

これらをきっかけに、これでランの練習へ取り組めるめどが立った。

オフシーズン・・・

ここでしっかり根を張り、養分を蓄える。

みな同じだが、孤独で地味なオフの時期。

ここを努力できるかで自分のシーズンへ結びつく。

しかし硬くなりすぎても大変だ。

『しっかり自分らしく!』

熱く燃える夏!大好きな夏!を迎える希望の春を待とう。

がんばれみんな!がんばれ自分!

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  2007年12月30日

2007年終了【感謝】

2007年シーズンも無事終わる事ができた。

自分は世界一幸せだと思える多くの支援者がいてくださる。

今シーズンもまた、その方々の真心が力を存分に引き出し、奇跡をおこす。

自分のためだけならとっくにやめていただろう。

今もなお、幸せなトライアスロンライフを送れる事に感謝。

2008年もお力を頂き、感謝の気持ちを放出しながら進化する自分を見れるよう努力していきます!

さあ!(2008年:年男)一体どんな年になるのか楽しみだ!

皆様にとっても素敵な2008年でありますように・・・

【努力無限!】 2000年シドニーオリンピアン トライアスリート小原工(おばらたくみ)氏の言葉

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  2007年12月17日

生口駅伝競走大会

2007年12月16日(日)広島県尾道市瀬戸田町

結果 : 優勝(三原市体協)

生口駅伝(いくちえきでん)は中学生の頃から出場していた、このあたりではメジャーな駅伝大会であり、 今もその当時と変わらず地元や近隣の市から参加者が多い。

今回も三原市体協で出場させてもらい例年走っている最終区を担当。

今大会においては自分の記憶では無かった優勝のテープを切らせてもらった。

例年になく良いメンバーが揃い素晴らしい位置でタスキをつなげてくれたのだ(感謝)

それを守る事は当然だが、今回は母校の世羅高校や地元の高校生ランナーとも肩を並べる位置で走れた。

母校は来週の全国高校駅伝競走大会(都大路)を控え、そのメンバー以外で3チーム組んでの出場で大会を盛り上げた。

地元の如水館高校もそれに負けじとチームを出し絡んでいた。

我々や沿道の観戦者らを大いににぎわしてくれた。

もう自分の歳の半分あたりの後輩達と競えるのはある意味喜びではないか。

自分はシーズンを終えオフに入り、オフトレを積みつつの駅伝参加になり合わせきれていない。

走りは全くのびなかったが、後輩達やがんばるランナーたちの姿を見て走れたことは楽しかった。

この位置でつなげてくれたチームメイトに感謝!

そして今週12月23日(日)の都大路での全国決戦!

青春を賭けチーム一丸で戦ってくれる世羅高校の後輩達をぜひ応援してやってほしい。

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  2007年12月11日

三原駅伝フォトギャラリー

2007年12月9日(日)開催

小学生から一般まで幅広く部門がある。

我が三原市体協の次期エース

三原出身で大東文化大学で箱根を目指して走っていた選手だ!

以下Photo by Uemoto

地元の中学生もタスキをつなぐ

地元企業社会人もタスキをつなぐ

周回コースで各部門が入り乱れる=ところどころで大人も子供も一緒に競走だ!

これもこの大会の良いところ。

最後だ! がんばれ、付いて来い!! ラストスパートだ!!!

走りがちょっと重たかった

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  2007年12月 9日

三原駅伝競走大会

2007年12月9日(日)快晴

三原市運動公園陸上競技場発着(スター式駅伝)

参加部門:高校一般の部 三原市体協 5区(最終区)3.2km

結果:優勝(大会新記録)

個人結果:5区3.2km=10分21秒(区間新記録)

三原市で開催される小学生から大人(一般・愛好家)までのローカル駅伝大会。

小さな駅伝大会だが小学生や中学生にとっては良い経験になり、 また一般アスリートにとっては練習の成果を試す機会となり和やかな中にも意味のある大会になっている。

爽やかな日差しの中で開催され、付き添う方も観戦しやすい良い時期になった。

これも大会側のご配慮。成功だったと感じる(昨年は1月前半開催=北風が吹き荒れ凍えていた)

今回は3.2kmとすぐ終わってしまう距離だが、その前に自分の練習をこなして臨む事で来シーズンへの計画をつなぐ。 練習の一環と位置づけると失礼だが目指すものを持ち、 その過程として取り組んでいくのも充実したオフトレーニングとなっているのは事実だろう。

さらに、このような大会へ足を運ぶ事にもうひとつ意味をおく。

出場する事で普段できない近況報告や相談事を受ける事ができるのである。

自分の経験を話すことで、これから取り組む工夫が出来たり、日々のモチベーションの確保に通じたりと、 多少なりとも人の役に立てる機会でもあると思っている。

今回も小・中学生の関係者、ご両親などと話もでき、学生も以前自分が示した練習をやっていますと成果を報告してくれた。中には、 先週の【夢吊橋マラソン】での写真がこのHPで紹介されていることに感激してくださる方も。(やりがいがあります=笑)

今回、走り自体はオフの走りだが、駅伝を目指す若者達や走る事を精一杯楽しむ社会人などを見ながら、 やっぱりこの雰囲気が好きなんだと思いかえし、明るく爽やかな駅伝大会となった。

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  2007年12月 5日

夢吊橋マラソン フォトギャラリー

三人で合わせたサイン色紙!

親子部門

3km部門スタート

10km部門

3km部門の小学生は一生懸命!

後輩のジョセフと久しぶりの会話

日本で暮らし世界を目指している。応援してやってほしい!

最後の5km部門スタート

 

世羅高校の日本一の後輩達と一緒に走れてとても楽しかった

世羅高後輩に続いて3番目でゴール

ご年配のランナーも『これ以上ペースは上がらん』と言われながらも一生懸命!

たいしたものです(感服

一生懸命の後はみんな笑顔

この言葉が何かきっかけになれば・・・【 夢 100% 】

三原市陸上クラブの選手と卒業生

子供の将来を考えた指導で素敵な監督に育てられています!

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  2007年12月 2日

第9回 夢吊橋マラソン大会

2007年12月2日(日)

【八田原ダム・芦田湖畔をはしろう!!】

と言う事で例年出場日程が合えば参加していたマラソン大会

今年は招待をいただいた。

Photo by JFE坂梨監督

JFEスチール競走部で日本のトップを狙い、世界でも活躍していくラバン・カギカ、ジョセフ・ギタウ(世羅高校後輩) 両選手と共にトライアスロン選手でありながら招待をいただいたのは意味がある。

トライアスロンが陸上競技の延長上にあっても良いと認識された事もいえる。

トライアスリートの身体能力を見せる場と共にトライアスロン界の代表としての出場だ。

今回は自分のパフォーマンスを発揮することも重要だが、今の自分にもっと大事な事を行った。

これからスポーツに励んでほしい子供たち、生涯スポーツとしてずっとつながっていってほしい方々へエールを送りたかった。

出来る範囲ではあるが、その役目を果たせたかな?

素敵な空間で時間を過ごす事ができたように思う。

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  2007年11月28日

因島駅伝フォトギャラリー

2007年11月25日(日)開催

61回にもなる駅伝大会

三原市の中学生や高校生も多く参加している

最後の一歩までがんばる!いいね、こんな姿を見るのは

自分も中学生の頃は参加していた駅伝大会だ

激坂で足が止まりそう・・・

対岸は三原市の【さぎしま】が位置する最終区のコース

三原市体協は久々の優勝だった!

島のいたるところにこのようなミカン市場や無人の野菜市場などがある

本当に素晴らしい秋晴れの大会となった

近県の皆さんもぜひ参加してもらいたい

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  2007年11月26日

第61回 因島フラワー駅伝

2007年11月25日(日)

尾道市因島(いんのしま)

出場チーム名:三原市体協

出走区間:第6区(6.7km)22分05秒(1)

結果:優勝!

この島には自分の身体組織の構成を手助けする材料である【万田酵素】の万田発酵株式会社(本社)がある。

たまたまこの駅伝のスタート・ゴールに隣接する。

年に数回しか立ち寄れないため、この駅伝がスタッフの皆さんと引き合わせてくれるのだ。

自分の活躍を気にかけてくださる方がここへもいてくれる。

シーズンオフになりスイッチが入っていない今の状態の中で良い方へシフトしてくれるようだ。

トライアスリートらしいダイナミックな走りを!

今の状態では納得に近い走りと、来シーズンへ向けた課題を生む走りは出来た気がする。

万田酵素で育ったジャンボかぼちゃ&大根!

自分はこんなに大きくは成らないが細胞組織はどんどん活性化されている事を感じる

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  2007年11月11日

県民体育大会

2007年11月11日(日)

びんご運動公園陸上競技場

出場種目:3000m

結果:4位

昨日までの天気が一転し寒い一日。

調整なしでのトラックレース

重い感覚と、昨日の母校の広島経済大学同窓会へ参加する前に最高の環境の経済大グランドでトレーニング。

あまりの環境のよさに予定以上にトレーニングを行う。

当然その疲労は翌日へ・・・

今回は走り出せば何とかなるとは思わなかったが、一応出場枠へ入っていたため断りきれず同窓会後に帰省。

今回は『若手の記録アップのために出来る限り記録を目指せるペースで引っ張ってやる。』

がテーマ

1000mまでしか引っ張れなかった(申し訳ない・・・汗

レース中に突然の雨で寒さ倍増。

しかし小雨になり日がさした時から虹が出ていた。

『おっ!絵になるじゃん!』

カメラマンに想いは通じていたようだ。

2008年を目指したオフトレに入るが、

その過程でランのレベルアップもまだまだ図りたい。

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  2007年11月 8日

デュアスロンヒロシマ フォトギャラリー

2007年11月4日 開催

レース会場で※【広島鉄人会】の真心ホットドッグ

『生きかえった~~~~』県内大会ではいつもありがとうございます!

※人生の中でトライアスロンをとことん楽しむクラブチーム

 

陸の王者!のバイクライド

激坂で足が止まる・・・

バイクシューズを脱いでこれからセカンドラン

たどり着いた感じのゴールだった

お世話になります!

覚えてますか?グリーンピアのビギナーズトライアスロンで大活躍した兄妹を

高校で自転車をがんばるそうだ!

妹はトライアスリートになるといってくれた!

今回はデュアスリート二人に負けた

お二人のカーフマン(デュアスロンシリーズ)での活躍を期待する

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  2007年11月 6日

デュアスロンひろしま2007

2007年11月4日(日)

広島中央森林公園(広島県三原市広島空港周辺)

デュアスロン=ラン(5km)+バイク(36.9km)+ラン(5km)

結果:3位

オフの過ごし方のひとつに今年はデュアスロンを入れた。

例年は求めるものが違うとして参加は見送り、同日に開催される広島県高校駅伝での母校の応援へ足を運んでいた。

自分にはまだまだ足りないものがある。

デュアスロン世界選手権日本代表で元日本チャンピオンの高橋泰夫氏が毎年出場しているこの大会へ行き、勉強させてもらおうと考えた。

ファーストランで先行する事は出来るが、間違いなくバイクで追いつかれる。

そこから一緒にレースだ!

そんな思惑は簡単に崩れた。

前半の一番きついところで一瞬にして抜き去られた感じだ。

『やっさん(高橋泰夫氏)に抜き去られると将来への希望や勇気をもらえる』

これは負け惜しみでも言い訳でもない。

競技者の力が落ちていくのは年齢じゃない。

その魂の強さと覚悟なのだと。

出場してよかった、充分にそれを感じ取れた。

しかし、今回の自分のレースの不甲斐なさといったら・・・

脂肪エネルギーを使うシステムを切り替え、今年はそれよりパワーの出る糖質エネルギー優先の体にしている。

気温の低い中で最大パワーを一気に使うとそのエネルギーのマイナス面が出る。

後半はハンガーノック、いわゆるガス欠(エネルギー枯渇状態)だ。

何とかゴールへたどり着いたといった状態。

糖質エネルギーと脂肪エネルギーの融合。

『このオフのテーマにしたい!』

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  2007年10月29日

シーズンOFF開幕!?

2007年10月28日(日)

竹原駅伝競走大会

郡市の部:第6区(最終区)5.6km=16分41秒(区間第1位:区間新記録)

先週でトライアスロンシーズンは終わった。

ホッとすると言うのか、気が抜けるというのか、

今週はそんな感じで日を送った。

自分のオフはトライアスロンへ転向するまで打ち込んだ陸上競技へ恩返ししながら来シーズンへのレベルアップをはかる。

オフシーズンだが駅伝やロードレースの開幕となるのである。

トライアスリートとしてのトレーニングを積みながらランナーへ変身する。

さっそく約束していた駅伝となった。

昨年は快走し抜群の走りで区間記録を作っている大会。

それに迫れる走りが出来ればとは思っていたが、今回のチームは若手育成型チーム。

皆、個々にはがんばるがやはり走りは他のチームに比べれば素人。(良い経験が出来たと思う)

最終区へタスキが渡る時にはダントツの最下位。

中継点の役員さんたちとトライアスロンの話しに花が咲くと言った状態だ。

それでもタスキを手にした瞬間から本能だろうな~猛然とゴールを目指す。

昨年の自分を追っかけて・・・(後ろには最後尾車やゴール地点へ向かうスタッフの車が連なる)

『去年はこの辺でひとり抜いて順位を上げたな』

『ここで少しペースが落ちたから、あそこで上げたな』

『お!中間点か! ん~・・・倍にしても昨年より遅いな』

『それなら後半どれだけ差を開けないか最後までがんばってみよう』

『駅伝の走り、腰の位置、足の接地、ストライドかピッチか・・・』

『ん!ここでラスト1kmか・・・トラックで2週半(1000m)をイメージ』

『ラスト400mあたりだな。最後のラストスパートだ』

走っているときの頭の中のはこんな感じかな。

ゴールしてストップウォッチを押す。

『それでも昨年と同じぐらいじゃないか。』

正式記録で昨年を1秒上回っていた。

『へ~やるじゃん、後半よく上げてるな』

日本選手権でプロを相手にランで競り合う準備はしていたつもりだ。

僅かかもしれないが日本選手権の精算が出来た気がする。

またほんの少し進化できた!

少しでも負担を無くそうとがんばってくれた想いが伝わった

いい経験が出来たかい? また頼むよ。

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  2007年10月26日

日本選手権フォトギャラリー

2007年10月21日(日)

日本選手権昨年3位、今年2位の福井英郎選手【トヨタ車体】

日本初のトライアスロンオリンピアン(シドニー五輪)でもある

彼には独特のオーラを感じる(日本選手権アワードパーティーにて)

来年こそ最高のゴールシーンを見せたい

コース内にある宿泊ホテル

お台場海浜公園はスイム会場となる

日本一決定戦らしく最高の場所で最高のレースが観戦できる

日本選手権男子覇者 田山選手(チームテイケイ)

女子は上田藍選手(シャクリー・グリーンタワー)初の日本一だ!

北京のスタートラインには君が立っているのか【夢の実現】

左から3位:杉本選手(昨年2位)、1位:田山選手(連覇)、2位:福井選手(昨年3位)

表彰を受けた

2007年今年の最終成果

【JTUエイジグループポイントランにキング第1位】

 

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  2007年10月22日

第13回 日本トライアスロン選手権 東京港大会

2007年10月21日(日)

東京お台場海浜公園周辺特設コース

結果:DNF(Do Not Finish)失格

自分を知る関係者は言う 『プロ同様、それ以上に身体造りはすごい』

ぎりぎりまで体脂肪はそぎ落とし、使う筋肉は引き締めている。

トライアスロンを競技としてかっこよく駆け抜けたい想いの表現の一つ。

自分のポリシーと言ってもよいかもしれない。

それを崩す気は無い。

しかしこの日本選手権だけはプロフェッショナルのルール規定

現場にいるものならわかる厳しい条件が立ちはだかる。

水温規定でウエットスーツは不許可

着用できなければただの重く抵抗のある水に浮かない塊と化している。

それを帳消しできる泳力はまだ無いと言う事だ。

終わりよければ・・・とは行かない自分のシーズン

また来年へ意欲を持って挑戦をしろ!と言う事なのだろう。

この場で勝負していける力や精神が無いとは思わない。

しかし足りないものがあるはずだ。

『走る姿を見たかった』そう言ってくれる人のためにも

もっと強くなってかえってきたい・・・最高の舞台で超真剣勝負をするために。

選ばれ結果を残した精鋭たちは素晴らしい。

今回、同じように完走できなかった精鋭たちへ

『支えてくれるすべての人に笑顔になってもらおう。がんばっていくしかない、最高のゴールをまた目指そう!』

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  2007年10月 2日

福岡フェスタ フォトギャラリー

お世話になった仲間達(ウイングスT.C)

Photo by Ichimori & HUE広報

第1走だけスイムの前に第一ラン1.8kmが付く。余裕の走りでスイムへ突入した飯干選手

第2走の柿塚選手もバイクで詰められはしたものの安定したランで抜け出た

二人が作ってくれた勝利の流れ。『自分が崩すわけには行かない!』

今回は第3走者

=2走の柿塚選手(トライアスロンのラン終了)からアンクルバンド(チップ内蔵のバンド)を引継ぎスイムへ向かう

第3走(最終走者)になっても抜きつ抜かれつの熾烈なトップ争いが続いた

ランで再びトップへ

どのチームよりも先に『ゴ~~~~ル!』

男女混合部門優勝(やはりウイングスT.C)

スーパースプリント用に整然と並ぶバイク

選手紹介で順番にスタート位置へつく

スプリントレースはドラフティング(前走者を風除けに使う)許可レース

トライアスロンと言えども秒差の競い合い!

トライアスロンをはじめて1年未満でスプリントを制したそうだ!

9月2週目の広島開催ビギナーズトライアスロンへ来ていたトライアスリート兄妹だ!

広島市立大トライアスロン部も元気だ

みんな何に興味があって騒いでる?

答え・・・低脂肪の筋肉だって

EKIDEN部門を制覇した三人・・・ウイングスT.C飯干選手(左)と柿塚選手(右)

君らのおかげの勝利だ!(感謝)

総合表彰(今回は九州勢ばかりだった)

女子スプリント表彰(ウイングスT.C独占!)

ついでに・・・慕ってくれる学生諸君・・・学生トライアスロン界を頼むぞ!

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  2007年10月 1日

福岡トライアスロンフェスタ2007

2007年9月30日(日)

海ノ中道海浜公園特設コース(福岡市)

EKIDEの部(スイム750mバイク20kmラン5km)×3人:9時20分スタート

スーパースプリントの部(スイム350mバイク9.5kmラン2.5km):14時30分スタート

2部門出場

結果 EKIDENの部=優勝!

スーパースプリント=5位

『楽しかった~!』この言葉がおもわず出てしまう。

これに近い言葉はこの大会へ出場するすべての選手に共通するのでは?

知るところ見る側、応援側も同じく『面白かった~』ともらしている。

そんな大会がこの福岡トライアスロンフェスティバルなのだ。

この言葉は、皆ありったけの力を出しつくしチームのために必死になって競技する。

スーパースプリントにいたっては出場選手は限られるが、駆け引きなしの力と力のぶつけ合い、出し合い、 まさに全力トライアスロンなのだ。

ゴール後皆は全力を尽くしたさわやかな顔をする。

まさにスポーツ競技者の『楽しかった!』なのだ。

前日の土曜日にはジュニアの大会が開催される。

イベントと言うがしっかり将来へ向けての強化も入る、 トライアスロンの普及と発展をもくろんだ西日本一大イベントといっても過言ではない。

スーパースプリントへは学生や大人たちに混じって初となる中学生も参加した。

九州、中国地区の学生達も積極的に参加した。

このような若い選手たちの意識が今後のトライアスロンを変えてくれるのだと信じる。

今は通用しなくても、努力次第で自分たちの時代がきっと来る。

それを信じて取り組んでほしい。

大人たちは年を重ねても進化を求め、いつになっても底が見えないトライアスロンを愛し挑戦しているのだから。

 

さて、今回も昨年同様に福岡のトライアスロンチーム【ウイングス=福島智和コーチ主宰】へ呼んでいただき参加する事ができた。

国内大会はもとよりアジア選手権や世界選手権でも彼らと顔を会わしお互いを高め合っている。

九州へ来れば一員として迎えてくれる場所が出来たことも喜んでいる。

本当に愉快で素敵な仲間たちなのだ。

そしてここへ来れば会える、各地から集まる仲間達も多くいる。

そんな仲間達に会えるから心も身体も生き生きとするのだろう。

トライアスロンのおかげで宝物が年を追うごとに増えているようだ。

『ありがとうみんな!』

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  2007年9月26日

MCCS岩国大会フォトギャラリー

Photo by Miyake

トライアスロンでの父と母かな~『いつも応援ありがと~!』

空軍基地内はどこもでっかく広い、まさにアメリカだ!

Photo by Shiomura

アメリカンな食事後にみんなで『いえ~い!』

Photo by Kitamura(奥さん)

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  2007年9月25日

MCCSスプリントトライアスロン IN 岩国

2007年9月23日(日)

山口県岩国市(岩国アメリカ空軍基地内)

スイム1.5km バイク40km ラン10km

結果:1位 2時間07分09秒

スイム:23分24秒(2) バイク:1時間07分11秒(2) ラン:36分34秒(5)

途中棄権をしたひわさ大会(高知県開催)から1週間。

長かった・・・本当に長く感じた1週間だった。

体調を合わせきれずレースを断念した事は、割り切ったつもりでも重くのしかかっていた。

身体も重く、キレはなく、気持ちも重かったこの1週間。

仕事でも研修が2日間入る。

『ディベート研修』=肯定と否定とを与えられた題目で競う。法令根拠を並べ理論立て相手を納得させていく手法だ。 神経を使うが人生や仕事には必要なある種の訓練。

24時間をとおして、変わった事が多くより気を使った気がする。(アマチュアらしく、仕事も本気、競技も本気!)笑

岩国大会では必ず自分を修正し立て直すと決めていた。

同じ事を繰り返すと次は無い覚悟で取り組んだつもりだ。

建て直すには、自分は目先の事より先を見据えた練習をすること!

基本トレーニングでもう一度体幹に刺激を入れ筋肉痛になり水、木、金曜日は余計動きがぎこちなくなるが、 これが取れれば自分らしく動けるようになる!と信じて過ごすのだ。

今回の岩国大会でもその場をこなすだけではなく、日本選手権を見据えたレースにした。

バイク(自転車)のタイヤ(ホイール)は、普段は軽いホイールだが、あえてディスク【円盤型で転がり係数は高いが風に弱く重い】 を使用。

毎年このレースは広大な敷地内で強風が吹く。(波浪注意報)

力強いバイクパフォーマンス後にどこまでランを伸ばせるかの取り組みだ。

強風吹き荒れる(ちょっと大げさか)バイクパートで独走を築き、案の定、ランに入ってからは動きは重かった。

スピードが落ちていると、もう一度立て直す。

何度も、何度も、何度もその場面がくる。(人生のようだ)

『独走で余裕だったね』と周りは言った。

顔には出さないが、この場では言う。

『正直、き・つ・かった・・・』

1週間で元に戻る?機械のように油を差せば回復する。生身の身体はそんなものではない。

だから面白い・・・良かったり、悪かったり・・・少しの可能性にかけ良いと言える割合を増やす事に挑戦している自分を見ること。

これで大丈夫。

今週は福岡でトライアスロンの超イベントレースがある。

スリルと興奮と絆が生まれる福岡トライアスロンフェスタ!で今シーズンの想いを呼び起こし、10月21日の日本選手権 【国内最高峰レース】へとコマを進めたい。

外れそうになった軌道が岩国大会で修正できた気がする。

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  2007年9月21日

ひわさ大会フォトギャラリー

2007年9月16日開催

Photo by Ichimori

太平洋は波が荒く急きょスイムコースが変更になった

元プロトライアスリート須藤雪絵氏

今回の解決策をプロの視点で話してくれた。

競技者同士気持ちは通ずるものがある。

日和佐は【うみがめの町】

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  2007年9月17日

ひわさうみがめトライアスロン

2007年9月16日(日)

天候:曇り時々雨

場所:徳島県美波町(旧 日和佐町)大浜海岸

結果:DNF(途中棄権)

世界選手権が終わりホッとしていた。

先週のビギナーズトライアスロンでちびっ子アスリート達へエネリギーを放出しすぎちゃったかな?(笑

昨年のディフェンディングチャンピオンとしてレースナンバー1を頂き、『よ~し!』と盛り上げていたつもりだった。

いま明かせば、いくら気持ちを盛り上げようとしても上がってこない日々だった。

当日の朝になっても変わらなかった。

自分でも覇気が無いとは思ったが『スタートすればいやでもレースへはまる』だろうと思っていた。

スイムでも集中できておらずこなすだけ、『陸へ上がれば』と望みをつないだ。

バイクを走らせリズムだと言い聞かせるも、身体が反応してくれない。

どんな難関コースも、うだるような暑さの中でも、ドイツでは寒い中のレースでも環境に左右されずに結果を求めて集中できた。

今回の大会は条件としては好条件。

それなのに集中できない・・・がんばれない。

そうそうとレースを中止した。

自分の意志でレースを中止するのは何年ぶりかな?

生身の人間、様々な事がある。

今はただ次ぎへのレースを成功させる事を考えている。

地元では顔も覚えていただき応援も増えていた。

期待してくださっていた沿道の皆さんや大会関係者、知人達には元気な姿をお見せできず申し訳なかった。

『来年また元気で戻ってきますよ!』

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  2007年9月 5日

ITU世界トライアスロン選手権ハンブルグ(ドイツ)

2007年8月31~9月2日(金~日)

ドイツ ハンブルグ市

9月2日(日)10時30分スタート

4度目の世界選手権

昨年のローザンヌ(スイス)大会では一ケタが難しい中で思わぬ5位。

今までの世界選手権では29位(クイーンズタウン)13位(ホノルル)一気にジャンプアップの5位(ローザンヌ)

今回も競技者としてその上を狙うのは当然。

だがそればかりを意識すると叶わなくなる事も知っているつもりだ。

今の自分を冷静に判断し、今の力を出しきること。

人間がすること、単純だがそれが難しい。

日本で猛暑のレース(中国ブロック選手権8月19日・地元大会であるさぎしま大会8月26日)をこなしてドイツへ入った。

この時期のハンブルグは毎日が曇り空と雨(日本の秋)。コースの試走も冷たい雨の中で行った。

夏のほてりが完全に冷えきった。

そこからは自分の身体が機能しない状態。

レースなんてできるのか・・・ピリピリとしたとがった気持ちは全く無く穏やかだった。

朝食前に寒い外へ走りに出ても何かしっくり来ない。

水温16~17度の中で泳ぐ気にもならない。

バイク練習で外へ出ても右側走行で車両がビュンビュン飛ばす慣れない道では集中も出来ない。

こんな事で大丈夫?頭の中はそんな状態だったかな。

『必ずレースがしたくなる』それを待つ調整期間だった。

今出来る事は元気が出るようにする事。

そばに行けば元気をもらえる人の所へ常に足を運び英気を養った。

レース前日の調整練習はチームテイケイの八尾監督の出すメニューを田山選手と共にさせてもらった。

後は割り切りだろう。

レース当日は10時30分のスタート。

それまで違うカテゴリーの競技者達を眺めながらコースをまわってきた。

ドイツへ来てやってきた事を通してやっとここでスイッチが入った様子。

スイムからおいて行かれないように食らい付き(スイム17位)、バイクはパワーの違いを感じながらも力いっぱいぶつかっていった (バイク34位:ラップ順位)

ランは今年も次元の違う走りを見せてくれと選手団から言われていた事もあり最初から勝負(ラン1位:ラップ順位)

1kmごとのラップは3分10~15秒。

ところどころで吐く息と共に声が出てしまうほど必死で走った。

後半の7~9kmは足の前面が痙攣しだし動きが悪くなったが、一か八かで屈伸しラスト1kmにこれまでの想いを注ぎ込んでスパート。

ゴール後は国内戦のような余裕はなく、ばったり倒れこんでしまった。

『出し切ったレースができた!』自分ではそう評価している。

メダルまで33秒、トップまで2分17秒・・・これが遠いのか近いのか分からない。

だが、世界一を目指して日々を純粋な想いで当たり前の事を行う。

個人で目指すものだが、これは自分ひとりでは叶わないものでもある。

人のまごころに感謝し、今の環境に感謝し、人としてもっと大きくなれたとき実現するのではないかと思っている。

これからも進化を目指してがんばっていきます!

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  2007年8月28日

さぎしま大会 フォトギャラリー

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第18回トライアスロンさぎしま大会

8月26日(日)

広島県三原市鷺浦町(佐木島)

天候:晴れ  10時スタート

結果:優勝(4連覇)=2時間15分25秒

スイム=23分36秒(3)

バイク=1時間10分36秒(1)

ラン=41分13秒(2)

思いっきり地元の大会

地元市民や知人達の多くは、ここでしか自分のトライアスリートとしての姿を見る事がない。

男として当然かっこいい姿を見せたいと思う。

島興しで始まった大会であり、選手権でもなければ何の冠も無く、上へつながるわけでも賞金があるわけでもない。

だが、すごく意識してしまう大会なのだ。

昨年同様に世界選手権を翌週に控えた日程ではあるが、ここは自分にとってはずせない大会。

自分の正確を知る人ならその想いはお分かりだと思う。

周りは

『本番は来週なのだから、ながしていけばいい』など、気持ちを楽にさせてくれる事を言ってくれるのだが、 この競技はながしたってきつい。

しかもこの暑さで中途半端な気持ちだと自滅もありえる。

参加する選手に失礼だろう。

『勝負がつくまでは全力で行く!』

ランに入ると差は広がる一方だったため、中盤以降は普段お礼を言えてないエイドステーション(給水所)の方や子供たち、 そしてスイカのエイドステーションの山根ファミリーへ言葉をかけながらゴールを目指した。

毎年独特のプレッシャーのかかる大会なのだが今年も無事ゴールでき楽しませてもらう事ができた。

多くの知人や応援者が足を運んでくれ力がみなぎるというものだ。

自分にとってさぎしまはどんな事があってもはずせない大会なのだ。

今年もありがとう!

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  2007年8月22日

倉敷国際トライアスロン フォトギャラリー

一緒に戦う相棒だ!

今回の招待選手として神奈川からやってきた伊藤選手

初めてのコースでもバイクはすごかった!

さすが主役です!ばっちりカメラ目線でなんかいい感じ(面白いので掲載しました高橋さん)

何を思ってスタートを待つ?

 

いつも取材ありがとう!

総合表彰

この大会は各種目別表彰もあるスイム(スイム部門)

種目別表彰(ラン部門)

だからこの大会だけでこれだけのメダル!

ぜひ日本選手権で会おう!

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  2007年8月20日

ファッションタウン児島 第9回倉敷国際トライアスロン大会

2007年8月19日

岡山県倉敷市児島競艇場発着

AM7時51分スタート

結果 2位

猛暑の中で、まさにサバイバルレース!

今回の主役だ!

猛暑のレースを制したデュアスロン元日本チャンピオンの高橋泰夫氏(40歳)

全国的に猛暑の今夏。

この時期に中国ブロックは10月21日に東京台場にて開催される日本選手権のブロック予選となる。

(男女各3名枠)

レースは覚悟して臨んだ。2週後にドイツで開催される世界選手権の弾みにしていきたいのは当然。

今シーズンはアマチュア選手に負けずにきた。

連勝記録はここで止まったがなぜだかくやしさなど無かった。

それ以上に40歳になった高橋泰夫氏のがんばりに頭の下がる想いと希望さえいただいた気がした。

レースはトップでスイムアップした後、招待選手である伊藤功顕(のりあき)選手、 スイム2位の丸山秀登選手にバイクで先行を許したが自分のペースで進め高橋選手の動きを待った。

バイクの後半追い上げてきた高橋氏と抜きつ抜かれつを繰り返しながらトランジット寸前に吸収した丸山選手を含みバイクトランジット。

招待選手の伊藤選手がランを先行スタートしたあと1分少々開いてランスタート。

今シーズンこのレース展開で負けは無かった。

関係者が言った。『今回は難しいと思った展開でもひっくり返してきたレース。今回は間違いないな!』と思ったらしい。

しかし競技経験者なら理解できると思うがコースによる相性と言うものが時々ある。

ここのランコースはどうしても走れていない。(ランラップで過去3位までに入れていない)

苦手意識もあったのだろう。逃げが決まらなく追撃され後を追うが差がじわりと開く。

その場では出来る限り踏ん張っていたと思う。

しかし無難にこなした感もあった。

40歳を迎え衰える事を知らない高橋泰夫氏の気迫に負けた気がする。

夏のレースが続くが、あの気迫を自分も持ち続けていきたいと感じた今回のレースだった。

久々に負けた。負けたレースから学ぶ事が意外に多いものである。

また強くなれる!

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  2007年8月 6日

第22回 SwimRun多伎大会

2007年8月5日(日)

島根県出雲市多伎町(たきちょう)

多儀港(たぎこう)スタート・ゴール

初参加 初優勝(大会新記録)54分15秒

スイム1200m:16分09秒 

ラン10km:38分06秒

 

例年は前半戦を終えて、1ヶ月は後半戦へ向けて練習期間にしている。

後半戦一発目の日本トライアスロン選手権(中国ブロック男女各3名代表枠) のキップを得るための倉敷国際ファッションタウン児島大会がある。

この大会、夏本番のレースでもあるが毎年動きが悪い。

日本選手権出場の権利だけを取るレースになっている。

勝ちたくても勝てていない大会だ。

今回、知人に誘われた事もあるのだが、この時期大会を入れてみたいとも思っていたため出場に踏み切った。

スイムランの大会でバイクは無いのだが、やはり夏のレース。

今回の目的は中国選手権(倉敷大会)へ向けての身体起こしだ。

しかし、毎年ここで活躍しているのはデュアスロン(ラン+バイク+ランの複合競技)の元日本チャンプ高橋泰夫氏がいる。 すきあらば持っていかれるだろう。

今回は周りは速かったと言うがまだまだ動きはこれからの感じだった。

2週間後、高橋泰夫氏の地元で庭のような倉敷大会。

スイムランの間にバイクを入れたトライアスロンでは、さてどうなるのか?!

非常に楽しみである。

と、ここまではレースの内容だが、この大会はローカルでありながらリピーターの多い大会だ。

今回出場して、当然来年も出場したいと思った。

毎回、小原工(おばらたくみ)氏(チームテイケイ:2000年シドニー五輪トライアスロン日本代表) が招待選手として迎えられておりアットホームな雰囲気の中で競技が行われている。

スイム前半は若いスイマーについで2位で進行していたが、後半から小原選手が追い上げ並泳。(力を抜いてくれた?)

こんな事はめったに無いので食い下がってみたのだが・・・最後はさすがにおいていかれた。

瀬戸内海には無い透き通った日本海であったことも含め、こんなレースが出来て気持ちのよいものだ。

前夜祭や表彰式で抽選会があり、合わせて5台の自転車がプレゼントされていたり(他にもたくさんの商品あり)、 特産の食材がずらり並ぶテーブルは壮観だった。

大会実行委員長の夢は『この大会で1000人のアスリートを迎えたい!』

皆さんにぜひ参加してもらいたい。

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  2007年7月19日

フォトギャラリー(アクアスロンくらはし)

男女優勝者 6月のトンヨン大会(韓国)も、くらはし選手団で乗り込んだ!

夏のレースはサイコー!

くらはしでもたくさんの応援者がいてくれる

アフターパーティーにて

トンヨンで毎年お世話になっているキム(トンヨントライアスロン連合専務理事)氏

広島の仲間達(ルネッサンス緑井)

森本美人5人姉妹達(長女は帰ってこれなかったらしい)

毎年ながら地元スタッフの皆さんのおかげです!感謝

かんぱ~い! レース終了打ち上げ

月曜日にもう一度集合し韓国選手団を見送った。

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  2007年7月17日

2007アクアスロンくらはし

7月15日(日)

開催地:広島県呉市倉橋町桂浜海水浴場メイン会場

出場種目:アクアスロンAタイプ=スイム:2.4km+ラン:18km

6月3日のアジア選手権(韓国:トンヨン)から1週あけ、6月17日のみやじま大会(広島県:廿日市市) から5週連続のレースがこれで終了。

前半戦が終わった。

ここまで勝負にこだわり結果を残せたのは、

自分を信じ、支援者と共に戦えた賜物だろう。

前半戦最後の大会は、台風4号の影響で各地の大会が延期や中止を決断する中、ギリギリまで開催が危ぶまれていたのだが・・・

当日、広島県南部はうそのような天候に恵まれた。

前日決定していた、スタート時間の変更で正午のスタート。

今シーズン初めての夏日で炎天下でのレースとなった。

前半最後は県内の大会。

緊張感は無く、気楽だった。

スタート時間が遅れた事により朝は時間があった。

身体を起こす事を考え30分間のジョギング。

予想以上に汗をかいていた。(これが後に影響)

会場入りし、海がの冷たさが気持ちよかった。

スイム2.4kmは気持ちよく先頭3人集団で進む。

ランの序盤で先頭に立ち、後はそのままゴールを目指そうと思ったが、内蔵が熱い感覚になり次第に手がしびれだす。

まだ前半で非常にまずい状態だった。

いったん2位に落ちたが追う事ができない。

無謀な無理はいけない!

ランの折り返しエイドステーション(給水所)でタイムを捨てても、状態の回復を図る。

エイドステーションのスタッフに頭、首、身体を冷やさせてもらい、冷水を詰め込んだ。

後半は徐々に落ち着きを取り戻し、自分を信じてペースを上げた。

各エイドステーションで確実に給水し後半につれ回復。

『フ~~~』というようなゴールだったが、

今年もレースを楽しみ一番最初にゴールができた。

前半戦の最後にゴールできないかと思わせる危ないレース。

リラックスはいいのだが、少し集中力を欠き、判断を誤ったことから生じたミス。

それ以外は地元で多くの仲間と韓国からの知人達と過ごせた最高の日だった。

今回は特に準備から大変であった森本(医院先生)夫妻を中心としたスタッフの皆様と

メジャーリーグ撮影のお忙しい中で、写真撮影していただいた平尾プロカメラマンに感謝

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  2007年7月 9日

フォトギャラリー:2007幕張新都心スプリントトライアスロン&日本スプリントトライアスロン選手権

幕張新都心スプリントレース(エイジカテゴリー)

日本スプリント選手権(エリートカテゴリー)

宿泊したホテルと千葉マリンスタジアムのレース会場

前日の調整練習にて エリート優勝の細田雄一(ウイダー)選手

レースMCの白戸太朗氏(中)と山根日本トライアスロン連合強化委員長(左)

八尾師匠(チームテイケイ)と古川哲也選手(チームゴ~ヤ~)

 

初代Mrトライアスロンこと中山俊行氏と元プロ須藤(旧姓小梅川)雪絵さん

尊敬するお二人だ!

毎年ハワイのアイアンマンで日本人上位のロング強豪選手である濱野隆弘(はまのたかひこ)氏。

分野は違えどさすがです。

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2007幕張新都心スプリントトライアスロン&日本スプリントトライアスロン選手権

2007年7月8日(日)千葉マリンスタジアム特設コース

幕張新都心スプリントトライアスロン

スイム750m バイク20km ラン5km

午前8時スタート

1位【エイジ総合優勝】1時間00分41秒

ジャパンカップ第6戦 日本スプリントトライアスロン選手権

スイム750m バイク20km ラン5km

午前11時45分スタート

12位 59分43秒

日本スプリント選手権をゴールして

『すごく楽しかった!』

本当にそう思えた。

オリンピックディスタンス(51.5km)の半分の距離。

そのスピードでのレースは肉体も精神もギリギリで展開する。

一瞬の緩みが結果に大きく影響するからだ。

1日で2レース出場を決めたのは2週間前。

大会事務局と相談し挑戦する運びとなった。

そこまで出来る力はついた。

これぐらいこなせなければ世界では戦えない!と自分磨きの糧にしたかった。

今年のレース結果からも思う事がある。

大きく自分は変わり強くなっている。

しかし今がピークかもしれない。

【一戦を大切に取り組んで行こう】

その先に何があるのか分からないが、今を懸命に生きれるようになったのではなかろうか。

20代の頃は1レースでいっぱいだったと思う。今のような事をしても結果は出なかったろう。

今は結果を求めて出来るようになれた。

信念を持ち、続けてきた事で感じる進化のひとつではなかろうか。

会場で顔を合わす若い選手によく言う。

どんな結果だろうと、『今日は精一杯できた?がんばれた?』

それが出来たら次がある、『君らはまだまだこれからだ!』と。

リザルト(大会結果表)を見ると自分の年の半分以下の選手たちが同じレースに立つようになった。

プロの選手をはじめ、今後世界を目指す選手たちと肩を並べて戦う。

ある意味楽しくなる。

そんな中で自分の進化できた場面や、まだ至らない部分も見つかった。

さすがに最高峰のレースを2時間半のインターバルでこなすのはギリギリだったかもしれない。

だがその状態では最高の真剣勝負を楽しめたと感じている。

MCの白戸太朗氏のアナウンスにも力を頂き、スタッフのご協力の上でなしえた最高の日だった。(感謝)

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  2007年7月 4日

第13回みやぎ国際トライアスロン七ヶ浜大会フォトギャラリー

自由民主党副幹事長:岩城光秀氏 

(中)大塚眞一郎日本トライアスロン連合理事

韓国で仲良くなったトライアスリートだ!

一般女子優勝の佐藤千佳選手(ベルマーレ)9月のドイツ世界選手権へも一緒に行く

八尾師匠とオリンピアン田山選手(チームテイケイ)

エリートを制したプロ細田雄一選手、Mizuno高尾氏(右)

チームテイケイの二人:ミスタートライアスロン小原工氏(右)と期待の杉本宏樹

チームゴ~ヤ~の千葉智雄氏と田中敬子選手

ITU(国際トライアスロン連合)関係ではいつもお世話になる鈴木貴里代氏

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第13回みやぎ国際トライアスロン七ヶ浜大会

2007年7月1日(日)

宮城県(七ヶ浜町)

天候:曇りのち晴れ

ジャパンカップランキングイベント大会

東北は学生トライアスロンが盛んな地域。

結果、上位は学生が占めた。

学生達は全日本学生選手権の予選でもあり活気がある。

自分たちおじさんたちはスイムのスタートから元気いっぱいの学生達にもまれる。

それでも前へ出て行ったが3番手がやっと。

バイクへ移り序盤こそトップへ立つが今回はバイクが全く進まない・・・集中力が途切れ気味に

そこをつかれバイクを得意とする学生がトップへ。

追う事ができない・・・差が開き始めランへのトランジットでは2分30秒の大差。

 

シューズを追求し新しい走りを生む事を考えてきた!先生達へ対しても結果がほしい。

ランへ移り先頭も無難に走る姿を見て、JTU(日本トライアスロン連合)の理事達も、応援する知人も『今回は難しい。』 と思ったらしい。

勝負あったか~・・・いやいやあきらめている場合ではない。

2.5kmの周回コースを4周回(10km)

1周目で30秒詰った。ゴール手前で並べるか・・・勝手に計算していた。

自分は走り出しより皆が中だるみする時点での減速率が低いと思っている。

計算よりは早く先頭を射程圏内へとらえる事ができた。

トップへ出ればあとは自分の走りでのびのびとゴールを目指す。

今シーズン5度目の歓喜のゴールだ!

真剣勝負を制する快感はたまらない。

どこまで行けるのかは分からないが、いけるところまで行こうと思う。

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  2007年7月 2日

第13回みやぎ国際トライアスロン七ヶ浜大会新聞記事

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  2007年6月25日

第19回蒲郡オレンジトライアスロン

開催日:2007年6月24日(日)

天候:曇りのち雨

場所:愛知県蒲郡市 蒲郡競艇場周辺特設コース

競技距離 51.5km(オリンピックディスタンス)

ジャパンカップシリーズ

先週のみやじま大会(広島県)があまりにもハードだったため、この蒲郡大会がどのような状態でいけるのか分からなかった。

月曜日の晩に【いやま整体院】でメンテナンスを施していただき精神と身体の回復に努めた。

トレーニングもイージーとハードを織り交ぜながら、まさに身体と会話しながら日々を送った。 スイムでは連戦になる事をご存知の三原市水泳連盟のコーチからは『福元さん、押さえて下さいよ~』 なんて言われながらこの週は取り組んできた。

とにかく疲労を抜くこと!に専念してきたがレースはゴールしてみなければ分からない。

競艇場を泳ぐスイムコースは水質は悪いが波もなく泳ぎやすい。

元気の良い若い選手に混じってスイムレースを進め、バイクは先行した若手選手(結果2位) を追って5周回するうちの4週回目で並びそのままランへ。

ここのランコースは昔から相性がいい。

自分の走りで淡々とレースを進めゴールイン!

バイクの後半に雨が降り出し転倒する選手が非常に多く、医務室はあふれかえっていたらしい。

そんな状況下での集中力は高いものがあったと自負する。 一度だけコーナーですべり体制を崩したがあわてることなくバイクレースを楽しめた。

今心がける事は『転ぶよりは安全に!』だ。

レースが続く中、怪我をしてしまってはもともこもない。スポーツとして意義が薄れてしまう。

今回の勝利は

①今回は前日(23日)が35歳の誕生日だった。

明けて35歳初レースを優勝で飾れたのはうれしいものだ。

②会場を盛り上げていただいたMCの白戸太朗氏の実況は自分を乗せてくれたのも勝利の一因だった。

③大会側の配慮でレースナンバーは1(良いプレッシャーだ)

④トライアスロン界ではローカルレースだった【はつかいち縦断みやじま国際パワートライアスロン】 の優勝を多くの知人や会う方が祝福してくださった。

そんなレース会場が自分を元気にしてくれたのだろう。

まだまだ前半戦は続くが【テツローらしく】自分を信じて活動していく。

真心のこもった応援が私のエネルギー:はりきっていきますよ!

会場を終始盛り上げる白戸太朗氏

広島の学生達だ!黄色のTシャツを着て黄色い声援を飛ばしてくれた、ありがとう!

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  2007年6月20日

みやじまパワートライアスロン フォトギャラリー

撮影:プロカメラマン・フリーカメラマン・広島経済大広報カメラマン

○プロカメラマン平尾光宏

(アメリカメジャーリーグを主な仕事場としてご活躍するカメラマン。 トライアスロンレースは初めてだったらしくこのたび初めてお会いできた)

○フリーカメラマン西谷光代(平尾氏のような超一流を目指す若手で眼力ある素敵なカメラマン)

安芸グランドホテルからいざ宮島のスイムスタート会場へ高速艇で移動

大鳥居の周りにトライアスリート(毎年の風景になればいいのだが・・・)

スイムを終えバイクトランジットへ

バイク発進!

ず~っとカラーコーンが・・・準備や片付けは大変だ

ワンウェイレース特有のトランジット(バイク→ラン)

ランスタート

知り合いがいたら!

なんと大学の先輩がのぼりを立ててくれていた(ビックリ!)

本当にきついのぼりだった

まだ続く・・・

まだまだつづく・・・

やっと頂上!

下りはオリンピックディスタンス(51.5km)の走りで駆け下りゴールへ向けてまっしぐら!

皆が迎えるゴールへたどり着いた!

広島県トライアスロン協会理事長とガッチリ!

ロング界の大ベテラン勢!(左:河村選手4位 中:藤原選手3位)

水泳を教えてくれた大学の後輩夫婦

表彰式にて『けんだまにかみつけ~』by河村政勝選手

廿日市市は〔けんだま〕発祥の地

このトロフィーはけんだま職人の手作り

仲間達!

陸の王者〔デュアスロン世界選手権日本代表高橋泰夫選手〕

今回は疲れが出てしまったようです。

広島経済大学 学長へ報告

川村専務理事長へも

ついでに後輩へも

本当にありがとうございました!

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  2007年6月19日

はつかいち縦断みやじま国際パワートライアスロン2007

実に長い名前の大会が多くの人の想いをのせて広島県廿日市市で立ち上がった。

市制20周年を記念しての大イベント。

トライアスロンではいまどき珍しいワンウェイ(行ったきり)コースで標高差850m。

スイム=2.5km バイク=55km ラン=20km

世界遺産である厳島神社(宮島)と西中国山地を結ぶ国内屈指の過酷なコース設定。

しかしトライアスリートの大半はこんなコースこそ好む傾向もあるのかもしれない。

自分がトライアスロンをはじめた13年前に今の呉市の島々で開催されていた

【ワールドトライアスロンインひろしま大会】

華やかで活気に満ちたその大会は惜しむ声がある中で無くなった。

広島県のトライアスロン界からひとつ火が消えた。

そんな想いを抱いた自分より上の世代は間違いなくこの大会へそれをオーバーラップしているに違いない。

スタート前に『こんなスケールのでかい大会を立ち上げて下さった』と感謝の意を込め宮島の大鳥居にタッチし、 その後スタートポジションをとった。

多くの観客と上空にはヘリコプターが飛ぶ。

10時の時報と共に大会が火ぶたを切った。

招待選手を含め、ロングトライアスロン界つわもの達がそろった。

ショート専門の自分がどこまで渡り合えるのか挑戦だった。

スイムを2位で上がりバイクの最初の難関で先頭に立った。

その後は一人旅。

ロングトライアスロンの選手たちは必ずバイクで追いついてくるはず。

後ろが気にならないわけがない。・・・が楽しかった。

まるでトライアスロンをはじめた時のときめく感覚が甦っていた気がする。

テクニカルなコースはあまり無理をせず、きつい場面では『リズム、リズム』と口ずさむようにレースを進めた。

ランに移ってからはのぼりは勾配がきつくなる所で必ず足が止まる。

そこがどこになるのか、むしろ人との競走よりも自分の身体に話しかけながらひたすら踏ん張った。

『がんばる!』という言葉が合うのか分からないが、 のぼっている時はとにかくこの大会を良い大会だと思えるようにゴールしたいという執念だった気もする。

この日(6月17日)は、速人(息子)の5歳の誕生日だった。

自分のために速く進むようにと自分のことのようにバイクのポジションを探してくれた競輪選手たちの姿もあった。

スタートからゴールまで先回りしながら必死で応援してくれる友がいた。

高校の後輩家族がゴールで待っていてくれた。

大学時代の後輩夫婦が待っていてくれた。

大学の先輩ものぼりをもって。

一緒に出場した同志の想いもあった。

『この大会で勝ちたい!』

純粋にその想いが起こるのは、この人たちと自分を取り巻く人たちの喜ぶ顔が見たい。

自分が出来るかもしれない一番の方法を分かっているからだ。

終わってみて、『命がけで楽しんだな~』と、フッと思えた。

結果的には独走で余裕だったと周りは言うが、このコースだったから・・・広島での開催だったから、そして誰よりも想いが強かったから、 最初に入れたのだと思う。

想いが実を結んだ夢のような大会だった。

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  2007年6月 6日

アジアトライアスロン選手権

期日:2007年6月1~3日

開催地:韓国(トンヨン市)

トライアスロンでは数年前までアジアで日本の競技力が勝っていた。

今回の大会を通して確実にそれが変わりつつある事をコーチ陣スタッフはもちろん、選手はそれを痛烈に感じたに違いない。

北京五輪を前にアジアのスポーツ界がにわかに世界レベルへ到達しようとしている。

特に今回のアジアトライアスロン選手権ではジュニア部門の韓国、中国の強さは目を見張るものがあった。

その日本選手団としてのジュニア部門を今回から正式にコーチとして付く事になったのがミスタートライアスロンこと小原工氏だ。

今からでは早くは無いがJTU【日本トライアスロン連合】も本腰を入れはじめた事は将来に兆しが広がるものを感じた。

3日間を通して開催された今大会は、初日にジュニア部門とU23(アンダー23)部門。

翌日、エリート(プロ)部門。ここまでは気温も上がらず乾いた風が冷たく感じるほどだった。

各カテゴリーの日本選手の活躍を応援し、最終日にエイジ(一般)部門だが、3日目はうそのように晴れわたり、 最高のトライアスロン日和になった。

水温は17~18度。若干冷たさは感じるが今の時期は何処も似たようなもの。

今回JTUのはからいでアジア選手権の日本代表選手として選んでいただき、その責任は充分感じていた。

求められるものは分かっていた。

エイジ部門の参加者は1200人以上。独特のウエーブスタート(200人単位で順次ホーンでスタート)を行う。

第4ウエーブ。

トライアスロンと言う競技はアクシデントやトラブルは付きもの。

それを乗り越えていかなければゴールは無い。

人生のようなものだ。

今回も初めての事が多くあった。

この経験がまた自分を大きくしてくれるのだと思う。

①スイム:スタート位置が甘い

前には何百という選手がそれぞれのペースで泳ぐ。最初のコーナーまで平泳ぎや動きをとめて前方確認をしなければならない状況。

750mの2周回。最初のコーナでロスをしても泳ぎやすい大外をいき後半は盛り返した。

②バイク:スピードメータの故障

最初の数キロでメーターがリセットし動かなくなる。何キロ地点かどれくらいのスピードで走っているのか目では分からなくなり、 感覚で行くしかなかった。

③ラン:極限での痙攣

海岸線のコースはフラットでスピードに乗せ前を追った。残り2kmあたりの激坂で足は止まる。

そこで踏ん張れるか!両足の四等筋が痙攣。ラストが下りならこの痙攣は何とかなると判断し、動きを止めて屈伸し再スタート。

単純なアクシデントでも若い時は乗り越えられなかったかもしれない。

今は身に付いた経験からの判断だったと思う。

韓国の若手の強化選手が先行したレースだが、自分の持ち味を最後に出すことができ総合優勝を飾れた事で、多くの祝福を受けた。

この瞬間のために、また次のゴールを目指すのだろう。

今はただ結果を出せた事を素直に喜んでいる。

この経験は大きい!

アジアのレベルアップを直に感じ今後のトライアスロン界がまた楽しみになる。

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  2007年5月23日

第23回天草国際トライアスロン

歴史ある天草大会は今で言うオリンピックディスタンス(51.5km)の日本では発祥の地である。

オリンピック競技として確立したトライアスロンは競技として普及し、その様子も変わってきた。

昔は出場者に垣根はなく、プロもアマも若手も男女一せいスタートだった。

トライアスロンが競技化し、サッカーなどの世界的な競技にならったシステムがしかれ選手の強化やレベルアップが進んでいる。

とは言ってもリレーや完走を目的とするビギナーやホビートライアスリートも多く参加する。

天草大会ほど多くの冠が付く大会は他にないのではと思うほどだ。

・2007アジアトライアスロン選手権トンヨン大会選考大会

・2007NTTジャパンカップランキングイベント

・ITUコンチネンタルカップ(北京オリンピック出場資格ポイント獲得大会)

・第7回九州石油杯

・第6回長嶋茂雄杯

・第8回全日本男子エイジ別選手権

などだ。カテゴリーも

・エリート男・女【プロを含む最高レベルのレース】

・U23(23歳以下)男・女

・ジュニア男・女

・エイジ【一般】

・リレー

・アクアスロン

とすべてがそろっている。

五月晴れの素晴らしい天候の中、朝9時30分からタイムスケジュール順にスタートしていく。

スタッフや観客は大忙しの大会でもある。

今回は密かに!?長嶋茂雄杯【エイジ総合優勝】で5連覇がかかっていた。

意識すると硬くなるので気にしない・・・・といいながらしっかり意識していた。

尊敬する師匠や関係スタッフも自分が想っている事を理解したうえで【大切な事】と口々に言う。

シーズン2戦目だが堂々と戦ったつもりだ。

この地へくると悪かった体調もそこそこよくなる。

きっと天草四郎が背中を押してくれるのだろう。

①スイム

今大会独特の年齢区分でまとめたウエーブスタート。(3分間隔)

第4ウエーブ(第1ウエーブスタート後9分後のスタート)

年配の方や女性選手を何百人と抜いていかなくてはならない。

750mの2周回。不規則に感じる波が自分にとってはリズムの取りにくさ、泳ぎにくさを感じながらのスイムであった。

②バイク

コース上に数人前にスタートした選手がいた。最後に女子優勝者の松本香奈選手を交わしたのは30kmポイントあたりだった。

彼女も今回は想いを持っての出場であり、勝つ事を意識したレース振りがうかがえた。入れ替わる時に声をかけ背中をたたいてやった。

白バイがやっと自分の前に来て先頭だと実感できる。

③ラン

その後は全くの一人旅ではあるが後ろにはバイク・ ランを得意とする選手が追って来ているのは予想していたが並ばれてもそこからのレースも面白いのではと思い淡々と自分のペースで走破した。

④総評

まだまだシーズンは始まったばかりで身体が出来てはなくキレはないが、今の段階での精一杯を楽しめたとも思っている。

次は韓国で開催されるアジア選手権。

アマチュア代表として堂々と戦って来たいと思っている。

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  2007年5月20日

天草国際トライアスロン(報告その1)

まずは携わっていただいた方、いつも応援してくださり心の支えとなっていただいている方へ感謝。

現地で応援してくださった方々へ、本当に力になりよいエネルギーが循環しました。

【5個目の長嶋茂雄杯をいただいた!】

5連覇のかかった今大会は正直達成したい思いも強く意識せずにはいられない部分もあった。

思ったとおりになるとは思わないが、ここ天草は想いが通じてしまう大会でもある。

スイムから抜け出て後は並ばれてもそこから勝負と割り切り、自分なりにレースが出来たと思う。

まずは5連覇達成を素直に喜びたいと思う。

 

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  2007年4月17日

2007石垣島トライアスロン大会

【Photo by Ichimori】

応援してくださる方が元気になり、感動し、そして喜んでいただけるようにがんばる!

いよいよ2007年シーズンの開幕だ。

南国の石垣島で、『さ~いよいよだっ!』気持ちが高まる。

はずなのだが・・・

今回は前回に述べたように不安を抱えたまま石垣入りだった。

狙ったようにうまく事が流れないのも人生。

大会3週間前と1週間前に予兆なしでまさかの【ぎっくり腰】(疲労性)。

朝起きては『治っているか?』と起き上がるが、痛みが走るの繰り返し。

状態を知る人からは『無理せずに・・・』と言われ、当たり前のように『ありがとうございます。無理しませんよ!』と答える。 (スポーツ選手は強がりでいて真心に気を使います)

しかし、この石垣島からスタートする想いは強かった。

日常生活のシューズやソックスがまともに履けないのだから『無理していない』と言えばうそになる。

スポーツの世界ではレースへ出場する以上、たとえそれが敗因となっても負けは負けである。プロでは許されない事でもあろう。

今の状態で精一杯がんばりぬく!自分のモチベーションはいつもこれだ。

大会当日は、あいにくの雨模様。

スタッフや応援者はもっと大変だ。どんな状況でもこの素敵な空間で競技できる喜びは変わらない。

①スイム

確実にレベルアップしているため結果として、三原市水泳連盟のコーチへ報告したかった。

過去3回出場し、このスイムコースで20分を切った事はなく、例年は8位あたりで上がっていた。

今回は3~4番手でスイムアップし、20分も切っている。

ORCAの最新ウエットスーツが後押ししてくれた事もあるが、確実にレベルが上がった事を感じた。

②バイク

スイムが得意な外国人選手を10kmあたりでパスした後は全くのひとり。たまに移動カメラが近づくが、 40kmのうち集中力が途切れる場面もあった。

結局、前を行く選手を追った割には差は詰っていなかった。

③ラン

一番好きな種目ではあるが、一番不安があった。バランスの悪さからソックスをはいたにもかかわらず、靴擦れを起こす。 今の状態で最高の走りとゴールを目指したが、キレは無かった。そんな状態でありながら参加者の中でランのスプリットは1位。 オフに積み上げたものが証明された気もする。

④今シーズンへ向けて

競技トライアスロンにおける2時間前後の時間を集中し、その集中が途切れない力を身に付ける。

この後に行われたワールドカップでは高いレベルでこれをなんなく維持できる選手が見られた。 やはり世界で戦う選手にはそのオーラがあった。

これは普段の生活とトレーニングから得るものである。

 

今回優勝した古川哲也選手は19歳(ジュニア強化指定選手)。

昨年の世界選手権(スイス・ローザンヌ)も日本選手団として一緒に行った。その時に『これからは受験です』といっていたが、 きちっと大学へ入り条件を整えている。強い選手は環境もそろえる力も備えている。

高校1年生の時からこの大会へエントリーし初優勝した。自分のレースをして他を寄せつけずの優勝。本当に強くなった事を感じる。 どんどん強くなれ!

千葉夫妻率いるチームゴ~ヤ~(沖縄県)の期待の星だ。

このチームには他にも男女合わせて期待の星だらけ。

このH.Pでも紹介した広島県の【村上貴洋:15歳】が今年から、沖縄の高校を受験しこのチームでがんばることになった。

夢を抱いて挑戦していくその姿は、とてもまぶしい。

ゴ~ヤ~のみんな!誰が一番にオリンピックのスタートラインへ立っているのかな?楽しみだ。

 

話を戻し、今回は、ギリギリまで粘って調整し出場できた。それは、オフの間に多くの真心を感じてがんばれて来たからだ。

今回の結果は、今後に明るい希望を与えてくれたのは間違いない!

2007石垣島トライアスロン大会

A組 SWIM:1.5km BIKE 40KM RUN: 10km 

                                                順位 氏名    年齢 居住地   総合記録  スイムラップ   S順  バイクラップ  B順   ランラップ    R順
1  古川 哲也  19  沖縄県    2:00:25   0:17:14     1  1:05:41      3   0:37:30      2         
2   福元 哲郎  34  広島県    2:03:36   0:19:54     5  1:06:18      5   0:37:24      1         
3   中込 英夫  39  神奈川県  2:04:38   0:18:35     3  1:04:25      1   0:41:38     11         
4   宮崎 友和  26  熊本県    2:06:14   0:19:57     6  1:05:46      4   0:40:31      7         
5   HOLDERBACH 36  東京都    2:08:57   0:17:57     2  1:09:57     13   0:41:03      9         
6   栗原 正明  19  東京都    2:09:23   0:22:46    22  1:07:44      9   0:38:53      3       





 



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  2007年3月18日

第26回ふくやまマラソン&第12回西日本チャレンジサイクルロードレース

挑戦!

オフシーズン最後の集中ポイントとして、今年のこの日は1日2大会へ出場。

(昨年はふくやまマラソンのハーフ21.0975kmのみ)

①ふくやまマラソン10km(2位)1位と9秒差

②西日本チャレンジサイクルロード36.9km(7位)1位と6秒差

Photo by Kobayashi

今回の目的

①10kmは高校生と勝負しスピードを磨き、トライアスロンのランを意識する。

②サイクルロードは自転車のプロフェッショナルに食らい付き勉強させてもらう。

全国的に寒さが戻り負担が大きいかな?と思ったためとにかく筋肉の保温には努めた。

ランに関しては雰囲気も分かっているため最初から積極的に行った。

付いてこいと言った高校生達は付いて来ず、JFE陸上部を引退した23歳の選手がピタリと付いてきた。 競り合ったがここは元実業団少しずつ前半は離れていた。

前半3kmから4kmで高校生の集団に入り、そこから一緒に数キロ走行。徐々に人数が減っていく。

後半の駆け引きが始まり2人が抜け出たが追いきれなく、残ったもうひとりの高校生と競り合った。

先にスパートをかけられ15メートルほど置かれたが、ラストスパートのポイントを決めていた。

ラスト1Kmで猛追しその高校生をかわしてゴール。(写真)

1位の元JFEの選手も後半は『練習不足』と、ばてて落ちてきたがそこまでは届かなかった。

この選手もこれから本当の社会人競技者となるのである。『早く仕事になれて、ガンバレ!』

表彰式後、クイックトランジット!

車で50kmを移動して広島中央森林公園(広島空港)へ。

ここのサイクリングコースは1週12.3kmで過去に広島アジア大会で作られたテクニカル&ハードなコース。

久しぶりの自転車レースだ!

落車(転ぶ)しないように細心の注意をはらってレースを進めた。

高速での集団走行はスリル満点。究極のスキルアップはやはり実戦だ。

トライアスロンのエリートレースを想定し楽しんだ。

誰かのバイクジャージに『苦しい時こそ、楽しい時!』と書いてあった(笑

独特の雰囲気でレースは進行するが、挑戦者であり勉強のために何度かアタック(逃げ)をかけたり、 かけられたら追う一番手を引っ張ったりガンガン足を使う。

ダンシング(立ちこぎ)の時、急に力を入れるとふくらはぎがビクッっと痙攣する寸前だ。

レースを経験し勉強するには集団からこぼれてはだめだ。

何度も苦しくてちぎれ(集団から脱落)てしまいそうになる。

『がんばりどころ!』と這い上がっては集団に追いつき、またアタックをかける。

徐々に人数が絞られて8人に。

最後の激坂でトップへたち、『勝負!』

ラストのフラット直線コースへ出たとたんギヤの選択を誤った。

元気の良い若い選手や自転車のベテランたちはあっという間に重いギヤを踏み込み前へ出て行った。

自転車レースをテレビなどで見た事があればお分かりだろう。

こんなにレース中激戦を繰り返しても、勝負は最後のコンマの秒争いなのだ。

6秒開くと自転車では勝負あったとなるのだが、すごく勉強になった一日だった。

『本当にタフだな~』『自分にはまねできないよ!』と、今回の行動を知る人は言う。

『世界で結果を出したい!』から、今の自分にはやるべき普通の事になっているのだろう。

 

【三原市の如水館高校陸上部だ!】Photo by Kobayashi

【今回、一緒に戦った相棒だ】おつかれさん!

【今日一日はパワージェル(Power Bar)とVAAMでパフォーマンスを維持できた】

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  2007年3月13日

夢吊橋マラソン

3月11日(日)

夢吊橋

世界一の長さを誇る「夢吊橋」

【 夢吊橋は歩行者専用の吊床版橋で、両岸の橋台だけで支える構造のつり橋としては世界一。長さ172.6m、横幅2.5m、 常時満水位で高さ20m。 構造的には藤づる等を利用した古くからの吊橋と基本的に同じです。 谷の両側に張り渡したザイルを薄いコンクリートで包みこんで床版と しています。 その上を直接、人が通れるようにし、 スレンダーな外観になっています。】

そして自分ではここを走ればシーズン目標が叶う大会と位置づけている。

だから出来る限り出場している。

そして、この大会は世羅高校の後輩達と競える大会だ。

しかし日本一になった後輩達は今年はいろいろな大会へ招待され今回は少数の出場。

大会自体は少し寂しく残念だが、これは後輩達の活躍がすごいから仕方がないと言う事で、逆にうれしい事。

さてさて、毎年シーズンの初めのスイッチを入れていく大会でもある。

例年は10Kmへ出場しているのだが今回は目的があって5Kmへ出場した。

元気の良い世羅高校選手達としのぎあえるのは5Km。

10Kmを凝縮したスピード走と、なおスパートの切り替えを狙った。

3月に入って急に平年並みの気温になった。ここは谷間で風が吹き抜け雪が舞った。

ウオーミングアップを行っても行っても身体が温まらない。

前日に3種目のトレーニングを積んでいる事で多少重さや疲労感はあったが走り出せば何とかなる。

が・・・今回はやはり寒さに筋肉の状態が変化し後半は硬直した筋肉では走れなかった。

棒のような足をただ動かして前へ進めるだけだった。

後輩達の記録や走りをサポートしてやりたかったが、後半は前を譲る形に・・・なさけない。

しかし今年もここを走れたので夢が叶うかな?

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  2007年3月 4日

MAZDA駅伝

自動車会社マツダ構内開催(広島市)

初参加

今回は広島経済大学職員チームから声がかかり参加した。

一体どんな大会なのだろうか・・・

大会側の通知では、

【 今年は昨年度を大きく上回る、社内139チーム・コミュニティ150チーム、
3,500人余りの選手および応援者が参加いたします。
(昨年は、社内117チーム、コミュニティ119チーム)】

らしい。

実際にすごい参加人数だった。

ゲストランナーとして中国電力陸上部を先日引退したウッチーこと内冨(大学時代の同僚)が招かれ花を添えていた。

16Kmあまりの全区間をひとりで走破しにぎやかした。『引退して少し太った。』と言うがまだまだ走りは健在だ。

3番手当たりでのびのび走っていた様子。

現在オフトレーニングで筋肉量が増え、その上でのトレーニングで今週は副交感神経の発達が著しく身体が重い。 今週は実際にスイムやランはメニューがこなしきれなかった。

キレ良く走る事はできないだろうが、その分楽しんでやれ!と参加。

今回はジョガーチーム(チームが自称していた)。

そうは言うものの、しっかり皆が頑張ってくれている事は感じた。汗で重くなったタスキを受けるとなお感じるものだ。駅伝の面白さ、 魅力のひとつだ。

身体が重いだの、キレが無いだの吹っ切れてしまうスイッチが入った。

今回は4区(3.4Km)を担当。

チームメンバーはそれぞれ頑張ってくれているのだが、これだけ集まれば本格ランナーも多く、自分のところでは何十チームも前にいた。 直線コースでは見渡せば果てしなくランナーがいるようだ。

『どんどん抜いていくうちに楽しくなっちゃって・・・』

『ラストスパートも良くきいた!』

あのコースで10分20秒なら感覚のずれも無く走れている。

来週は世羅高校の後輩達とレースがある。『楽しみになった!』

温かい天候で、自分にリズムを与えてくれる位置でもってきてくれた?経済大職員チームに感謝(笑

オフトレで力強くなった筋肉が、またキレを戻してくれた気がする。

いろんな意味で長かったオフも、もうじき終わる。

また、暑い熱いシーズンへ向け、進化を求めて発進する。

内冨選手:ひとりで力走。さすがだ、おつかれさま!

マツダの構内がこんなに広いとは、びっくりした!

今回は過去最高順位を決めた経済大職員チームだ!お疲れ様&感謝

内冨選手を囲んで・・・まだまだ現役続行?

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  2007年2月26日

広島県マスターズ水泳大会

場所:広島県立屋内プール(グリーンアリーナ)広島市中区

初めてのエントリー。

Photo by 藤瀬

マスターズと言えど国体選手から各年代レベルで最高を出そうと集う選手たち。

その競技を心底楽しむ人々、そのレベルで全力を出し自己に挑戦している姿を見れた。

タイム計測のあるレースは気楽にといっても、皆スタート台に立てば緊張・真剣な顔になる。

リレーになればなおさらだ。最後のフリーリレーは会場が沸きに沸いた。

この大会、距離はいたって短い。

その分スイマー達は現役時代を彷彿させる泳ぎが出来る。いわばごまかしが効く距離でもある。

脂肪を抱えた身体でもいけている・・・かなり高齢でも。

スキルの大切さを痛感する。

水泳は浮力を利用するため多少?の丸みを帯びるのは陸上ほど影響しないようだ。

その分高齢者でも負担無く競技者として君臨している姿を見た。

アスリート魂をもち続けられる割合の高い生涯スポーツの代表だ。

今回出場してその畑ではその畑を耕したものが実を摘む事ができていた。

くやしいが少々のレベルアップでは通用しなかった。

レースではかえって動きが硬くなり崩れるのが水泳なのか、頑張れば頑張るほど意外に固さが出て記録にならない・・・ 分かっていても力が入る。

フリースタイルで50m・100m、そして100m個人メドレーで自己記録は全部塗りかえたのだが、 うまく行かない出来事がたった100mうちにいくつも出てしまう。

スタート台ですべる、飛び込んでの浮き上がりが早すぎる、ゴーグルへ水を入れてしまう、よってターンの位置が適当、 リカバリーに力が入りすぎ・・・ラスト25メートルは力尽きる(水泳選手たちは分かるよね)

だから、出場して良かった!

自分の意志を酌んでくれた知人や、今や水泳指導者の後輩とその仲間達、 そしてはるばる三原市から応援へ駆けつけてくれた藤瀬コーチ夫妻に感謝だ。

レースへ出場する!そこから学べるものが大きいから。

4月からのシーズンのための準備中だが出場する。

この先の糧になる。

世界を見据えて進化していきたい。

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  2007年2月 4日

第60回 世羅駅伝

世羅駅伝へ参加。

ここは第2のふるさと。

昨年は故障で参加できなく2年ぶりの参加。

2年前に打ち立てた区間記録が今日の目標。

抜群の走りで打ち立てた記録だが自分の中である種の基準になる。

暖冬を象徴する小春日和の世羅大地。

高校駅伝日本一の世羅高校の後輩達がA,B,Cと3チームを出し数秒間隔で競り合って通過していく。

そこからはかなり時間を置いて我が三原市体協が到着。

すぐにトップスピードに乗せ2年前の自分を追う。

少々突っ込みすぎか、先週からの疲労か、後半苦しく動きが鈍った。

もう一度立て直し、今の自分で挑戦あるのみ。

区間新記録!

2年前の自分を9秒上回った。

決して最高の走り!とは行かなかったが高校生の区間賞と2秒差。

確実な進化を体感したと同時に、先週の前半の走りは実証できた。

世羅の先輩方が言ってくれた。

『テツローの驚きの進化していく姿を楽しませてもらっている』

うれしかった。

後輩達のお手本に少しでもなってくれればいい。

一般の部:優勝(三原市体協)

6区(最終区)3.5Km:10分37秒(区間新記録)

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  2007年1月29日

第70回 中国山口駅伝

三原市体協として郡市の部へ出場。

この大会は、一般・高校・郡市の部が一斉スタートする数少ない駅伝だ。

駅伝シーズンに入り全国ナンバーワンの中国電力、高校では世羅高校も例年通りの出場であり、 中国地方で一番レベルが高く盛り上がりも大きい大会なのだ。

 

この郡市と言うのが曲者で、建て前では市民ランナーと、地元の高校生などの幅の広い年齢層で形成される。

しかし、実業団を抱える地域(市)は、一般の部で走る実業団からもれたり、そこをやめたが走力が落ちてない選手が加わってくる。

区間記録は郡市の部で実業団チーム並みの記録になっているのが現状だ。

昨年は足の故障で走らなかったためトライアスロン用のオフを過ごせた。

メインはトライアスロンのオフトレーニングであり、中途半端な気持ちでは走れないため、できれば断りたいところではある。 特に冬場のレースは体質からも調整が難しく、故障も発生しやすくリスクが高い。

頼まれると断れないし、恩返しだと割り切っての出走だ。

その瞬間に責任も付いてくるのがチーム戦だ。

が、このオフは世界を見据えた取り組みを行っているため、自己改革になる事はどんどん取り入れるようにしている。

先週あったMTBの5時間耐久レースによるお尻の皮がやっと癒え、違う競技に出た事でダメージが残り状態が変わっている。

この週は『必死で・・・』と言うのが当てはまるほどの想いだった。 2年前にすごく良い走りができ区間4位で走りきっている事もプレッシャーになっているのか、 いざ出走する事になると重くのしかかるものを感じたのも事実。その分動きが重くタイムを追う練習は満足に出来きなかった。

木曜日に気温がさほど低くなく仕事の帰り道にインターバルトレーニングを入れ、 前日にたまたま地元の第3中学の選手たちが1000mをしていたので最終刺激に便乗できたくらいだ。

結局、ベテランらしく今できる事をしっかり行うだけだった。それ以上どうする事も出来ぬ。

チームは前日入りしているのだが、自分は晩に三原市水連の子どもたちと水泳の練習があるため土曜日はフルにもらった。

レース前のウオーミングアップでもさほど状態は変わらないが、ここは割り切りだ。

【今の状態で100%だしきろう!】走る前のまじないだ。

日本一のレースが繰り広げられるランナーの通過後は、郡市の部はすぐにタイムが開き繰り上げ出発になるのだ。

例年なら前の区間で遅くともそうなるが、今回は違った。

つながっているのだ。しかし自分の前の区間は最長区間であり自分までは難しいだろうと覚悟できていた。 (つながらない時にショックが大きい。)駅伝でタスキがつながるのとつながらないのではパフォーマンスに違いがはっきりでてしまう。

しかし今回はこれがいいようになったか。

1分少々足りなかったようで、姿が見えないうちに繰上げ出発。

4Km手前で先につながっていた全国高校駅伝常連の由良育英高校をとらえ、続いて郡市の部、一般の部のランナーをそれぞれパスし、 その走りに自分自身が驚いた。

中間点の5.55Kmで16分30秒のラップ。ここまで平均でも2分58秒台で刻んでいることになる。

さすがにこの走りは後半持たないが行けるところまで行くしかないと踏ん張ったが、 勢いは止まっていたため後半に強い選手が2人追い上げてきた。

今までの自分ならここで終わっていたかもしれない。

冷静に判断。明らかに自分より呼吸が荒い選手一人、同じようなストライドであわせやすい選手一人。

ラスト1Kmと、ゴールが見え出すラスト200mにポイントを置いていた。それまでは我慢!

疲労で状態が沈みながらもこらえた。

ラスト1Kmでスパート。一人の選手の鼓動は聞こえなくなった。

ラスト200mは最終区のため渡すわけではないがタスキをはずして猛烈ラストスパート。

繰上げ集団の中では1位でという意地もあった。

35分を切る自己コースレコードで昨年なら区間賞。

手応え充分!もしやと思ったが前述したとおり、今年は優勝したチームなどコマをそろえていたのが現実。残念。

区間3位でも前半の走りと、後半の粘れる自分、そしてトライアスロンレースにおいてのシュミレーションもできた。 進化を感じた充実の駅伝となったようだ。

この二人【元同僚の中国電力:内冨・JFE:上野】が最後までデッドヒートを繰り広げ3秒差で決着。(JFE優勝)

日本一の後輩たちのタスキリレーも。

最終区のスタート地点

我が三原市体協の精鋭たちだ。

 

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2007年