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  2005年10月13日

ワールドチャンピオンシップ(世界トライアスロン選手権ホノルル大会)

期日:2005年10月9日(日)

場所:アメリカ合衆国 ハワイ州 ホノルル ワイキキビーチ発着コース

 

今シーズンの目標に掲げていた世界トライアスロン選手権。

内定組みに対して自分が出場するためには、ジャパンカップシリーズ(国際部門)でのポイント獲得でアピールするほかなかった。

6月の天草国際(熊本県本渡市)、7月の宮城国際(宮城県七ヶ浜町)およびひわさ大会(徳島県日和佐町) で各最高ポイントを獲得し理事会の承認を得た。

このたびはアジア初の日本(愛知県蒲郡市)で開催されたエリート及びジュニア、アンダー23の大会に対し、エイジグループ(一般) はハワイと分散しての開催となった。

ハワイで開催となると必然的にレベルは上がること、フラットコースで絶好の気候となれば体の大きな選手が有利であり、 前回のニュージーランド(クイーンズタウン)大会よりも下回るであろうと予想されていた。(結果表彰台アメリカ勢が独占状態)

しかし勝負事はふたを開けなければ分からない。

海外のレースを体験すると、如何に日本の大会のキチリとしたスケージュールや体制なのかがわかる。

今回エイジグループ選手権で当然ウエットスーツ着用だと思って日本選手団は会場入りしていた。

それが前日になりウエットスーツの着用は禁止と知る。

オフィシャルウエアは陸に上がって楽なようにサイズを大きめにして支給していただいていたためスイムではぶかぶかで使えない状態。

あわてた・・・ 会場のブースでウエアを購入し国名が入り上下をそろえればオッケーとなるルールに従い前日の晩にABCストアでマニュキュアを購入し自主作成。

ウエアは赤になったがホワイトでエナメル質の文字にチームメイトがびっくりするほどのできばえ。(いつも美術、 芸術は最高単位をとっていた腕が光る)

戦うにはこれでいくしかなかった。

今回初めて日付変更線を超えたレースとなった。

前日に寝れるだけ寝て12時間。 すっかり疲れも取れた状態でレース前夜のその晩は結局一睡も出来ず寝転んで5時間以上を音楽を聴いて過ごし午前4時前に準備に入り会場入り。

7時05分のスタートを迎えたのである。

スイムはターミネーターのような体格の選手に当たり負けするわ、両手で海底に沈められるわ、足は引っ張られるわの『おーい反則だろ~』 といった状態。それをかいくぐる泳力のなさが裏目に出た。こうしたことはあることが予測されていたのでそんなに気持ちのダメージはなかった。 スイムアップは43位。(後で知ってあまりの遅さにびっくりした・・・)

バイクは外国人選手のイケイケどんどん走行に付いていくが、ドラフティングを気にするあまり集団からもれた。それでも62分台 (23位)でまとめランへ。

ホノルル市内のメイン通りを折り返す2ラップのコース。バイクで行かれたお返しに、 今度はこちらがイケイケどんどん走法で追い上げを開始。今ひとつキレは無かったが今の自分の限りで押していった。ランラップは4位。

ゴール速報は自分のカテゴリーで11位。2時間02分31秒。(帰国後の発表では13位・・・さすが海外の大会)

前回を上回る大躍進。ゴールできたことを素直に喜び、今後の取り組みもはっきりした。

素晴らしい体験と世界を肌で感じ取れた。

まだまだ行ける。

トップテン入り。簡単にはいかないだろう。

スイムを伸ばし、バイク・ランをさらに磨く。水陸両用の身体を造る難しさは十分知っている。 しかしそれが出来なければ世界では通用しない。

 

今回、特筆しておかなければならないのがハンディーキャップカテゴリーである。

新鮮にびっくりさせられ感激した。その姿に勇気をいただいた。

テレビなどで見たことはあるが、一緒のフィールドで肩を並べゴールへ向かう鼓動を感じたとき涙が出るほどに感動をいただいた。

人は本気で情熱を傾ける時、何でも出来るようになるんだと・・・

表彰台に上る自分の姿を描ける努力をしていきたい!

記録 2時間02分31秒(13位)

スイム:23分38秒(43位)バイク:1時間02分12秒(23位)ラン:34分31秒(4位)

 

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  2005年9月25日

2005淡路島国際トライアスロン大会

スイム 1500m(500m×3周回)

バイク 40Km(5.7Km×7周回)

ラン 10Km(700m+1.16Km×4往復)

世界選手権(10月9日:米国ハワイ ホノルル)と、シーズン最終戦の日本選手権(10月23日:東京台場) へ向けてのレース感覚と体造りの為にここの大会を選んだ。

初めての大会で、家族を連れてのんびり気分で参加してこようとリラックスムード。

今回のレース会場は国営明石海峡公園。

過去に花博を開催した公園で超テクニカルなバイクコース(MTBの方が良いタイムで走れるのでは?)。そして、 若手や現在日本ランキング6位の山本良介(プロ)選手(2週前にエリート世界選手権へ出場)の参加と、 一気に世界レベルのスピードとなることが前日に分かった。

ここからシーズン最終大会へテンションをあげていくつもりでいる自分にとっては不意をつかれた様子。

スタート前になっても、よ~しいくぞ~!といった気持ちになってこない。

スタートしてもそんな気持ちだから、ぶつかり合うと引いてしまう消極的なスイム。スイムアップした時は女子選手二人が前にいた。 バイクスタートしてようやく自分のおかれた立場に気づく。

若手の見本となるレース。

家族の応援と場内アナウンスの力を借り甦った。

テクニカルコースに集中できるようになり、とにかく前を追った。

2位まで上がり後続を引き離すが、山本良介選手の姿は全く見ることが出来ないままランへ。

ランの前半は重くキレがなく、トップとの差は歴然で相手になっていなかった。

3位の三木邦彦選手(テイケイ練習生)の追い上げがはっきりしていたため、 このまま終わるわけにも行かないと最後は自分の走りに戻ることが出来た。

怪我をしないようにとか、疲労を残さないようにとか、そんなことに気を使うとかえって体のキレさえ押さえてしまう。

安全にレースを終える事は当然大切である。

だが、競技者、戦うものはそれを踏まえたうえでいつも全力で行かなければならないことを改めて思わせてくれた大会となった。

 

世界で戦う山本良介選手。プロとしてはタイトルもない大会ではあるが力を出し切るレースは素晴らしかった。

プロとして成長していくハングリーな面を日常生活から賭けている姿を聞かされた。そしてプロであり続けることの難しさも。

きっと北京オリンピックのスタートラインへは彼の姿があるに違いない。前回2003年の世界選手権(ニュージーランド) は一緒の選手団として参加したが、今回のレースで戦い、よりその予感を感じさせてくれた選手だ。

ぜひ応援してやってほしい。

結果

総合第2位

             

 1  山本 良介(26)京都府    2:09:11   S16:54(1)B1:18:03 (1)R34:14(2 )                      
  2   福元 哲郎(33)広島県    2:15:27   S20:05(8)B1:19:59 (2)R35:23 (5)                      
  3   三木 邦彦(24)兵庫県    2:16:08   S18:41(3)B1:22:56 (3)R34:31 (3)

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  2005年7月10日

宮城国際トライアスロン七ヶ浜大会

 

今回の大会は3日前から体調が思わしくなく、いやま先生の施しで何とか持ってこれている状態。

 体調的にも微妙なともろで、しかも当日予定の飛行機が欠航となり、 それなら招待を受けていた地元県内大会のアクアスロンへ切り替えさせてもらおうかとも。 アクアスロン事務局サイドもどうぞどうぞと言わんばかりに気持ちはそちらへ傾くのである。

 念のために晩に仙台へ入る便の予約を取り直しこれでも行けないなら仕方がない。と、そこで切り替えようと・・・ 晩の便はすんなり行き夜10時に仙台市内のホテルへ到着。

 雨も降り、東北とくれば寒いレースが予測された。当日もホテルを出る時には、ホットクリームをぬり、 会場では遅れた手続きを進めていただきレースへ望む形であった。

 ここで結果をだし、今シーズンの目標を手繰り寄せるために、招待試合を断って乗り込んだ宮城七ヶ浜大会。 出場する選手はご存知の意外にハードコースで、勝負はランの出来によるところもある。想いが一致した! 今回は、 10~15秒は捨ててもソックス(くつした)をはく作戦を取ってみた。捨てた秒数はきっと拾いなおせるはず。

それが功を奏し後半になるほどのびのび競技できた気がする。

トライアスロンという競技。途中いろんなことがあるが、ゴールしてが結果。

今回の作戦1、ソックスにしてもプラスマイナス=ゼロではなく、プラスになることも。

まるで人生みたい・・・

 自分の持ち味が生かせるレースはやっぱりうれしいものである。

 またこの地方は学生トライアスロンが盛んな地域でもある。元気のいい学生トライアスリートと、 その仲間達が大会を大いに盛り上げる素晴らしい大会でもあった。若い選手の手本となれる競技者魂を多少なりとも見せれたのではなかろうか。

 何よりこの一勝は目標達成に大きく影響するため、後になって喜びがこみ上げてきた。

 お断りした大会へもこれで何とか面目が立つ。今回だけはこちらに来るべき判断で良かったのだとすべてが終了して思ったものである。

成績

総合優勝 2:04:29

スイム   0:22:45    (3)  バイク 1:06:48   (1) ラン  0:34:56   (1) 

勝因:空港で預けた荷物が1番に出てきたこと~!(^0^)

ランの定評がある山本しんじ。彼の猛追は素晴らしかった!

七ヶ浜町長、昨年度エイジグループチャンピオン森下氏と、 東北大学トライアスリート達

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  2005年6月 5日

2005韓国トンヨン トライアスロン

結果

優勝 総合記録 2時間06分04秒 やったね!

 韓国はトライアスロンでジュニアの強化を国を挙げて取り組んでいる。

 将来有望な選手を引きつれ、日本各地へも顔を出す。

 近年では福岡トライアスロンフェスタや、 特別枠で日本選手権へも出場しているのである。

 次回北京ではそれこそ成長した選手が顔を出すかもしれない。

  広島県の倉橋町が主催するアクアスロンくらはしでは、 ここ数年韓国と交流を図っている。

 1回大会から全5連覇を達成しているため、今大会は韓国側の招待で行って来た。

 景色も日本と変わらず丁度過ごしやすい時期であった。金曜はすべて移動日。 土曜日はコースを下見したりと、会場とホテルの往復。日曜日は大会一色であっという間の韓国遠征であった。

 世話をしてくださった連合の会長や役員の方、ハングル語はさっぱり分からなかったが、 熱心で、そんな心が伝わり最後の日には別れが寂しくなる始末。

 レース自体も、その充実振りを示すかのごとく、きつい場面も踏ん張ることもでき、 熱い応援の中で堂々とレースを楽しめまた。昨今、日韓の問題が不安定であるが、純粋に打ち込むスポーツの世界では全く問題がなかった。 審判たちも自分を応援してくれる日本では考えられない体験もできた。ここには真のスポーツ精神を感じさせられた。

 雰囲気は丁度、私がトライアスロンをスタートした10年前の日本の雰囲気を感じた。 その熱気に満ちた国内メジャーレースはメディアの体制など素晴らしく、ヘリからの撮影や移動カメラ、 その全レースをリアルタイムでオーロラビジョンに映し出す。メインストリートでは、自分の姿をビジョンで確認でき、 胸の高鳴る思いで駆け抜けた。

素晴らしい体験をさせていただき幸せである。

韓国、日本それぞれのスタッフへ感謝!

お世話をしてくださったKIM氏と、7年前勉強したといって一生懸命通訳してくれたWONくん。感謝

 

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  2005年5月15日

2005石垣島トライアスロン

 

成績 第2位 2時間00分18秒

スイム 1.5Km (9位)20分40秒
   バイク  40Km (1位)1時間04分54秒
ラン   10Km  (2位)34分44秒

 

日本最南端の都市から今年もシーズン第一戦となる。
最初の大会というのは意識するものである。
心技体の準備、機材やレース用具も細かなところまで気を使う。
あいにくの曇り空に、ときより雨が降る南国特有の梅雨時期での開催となった。

遠征の楽しみの一つに、多くの仲間と会えることがある。
今回も多くの知人が声をかけてくれる。
そしてもうひとつの楽しみが、沖縄で青春をかけトライアスロン留学している選手達と競えること。
彼らの成長をレースを通して肌で感じる事によって、応援したくなるのが千葉夫妻率いる【チームゴ~ヤ~】である。

昨年優勝した小原工氏より先日メールをいただいた。
『体調不良のため今回はキャンセルした。ゴ~ヤの若い連中に刺激を入れてやってくれ!』と言った内容だ。

昨年は故障復帰をかけての一戦でなんとか4位。
今年は十分に勝負できる状態ではあったが、スイムの得意な連中にはスタート直後に水をあけられ単独の1500m泳。
バイクから快進撃を繰り広げゴ~ヤの連中を一人ずつ拾っていった。
それでもスイムから独走する若手の古川くんには2分以上開いてのランスタート。
ここから!
しかし、完全に勝ちパターにありながら、同じランスタートした桑原くんに動きの悪いところをさされた感じだった。
それでも、レースでゴ~ヤのみんなを見届けることができ楽しいトライアスロン51.5Kmでした。
これからシーズン、目標へ向けてワクワクする!

ゴ~ヤ~のみんなもっともっと強くなれ!

八尾師匠、たくさんの沖縄料理ありがとうございました!

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