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2007年1月29日

第70回 中国山口駅伝

三原市体協として郡市の部へ出場。

この大会は、一般・高校・郡市の部が一斉スタートする数少ない駅伝だ。

駅伝シーズンに入り全国ナンバーワンの中国電力、高校では世羅高校も例年通りの出場であり、 中国地方で一番レベルが高く盛り上がりも大きい大会なのだ。

 

この郡市と言うのが曲者で、建て前では市民ランナーと、地元の高校生などの幅の広い年齢層で形成される。

しかし、実業団を抱える地域(市)は、一般の部で走る実業団からもれたり、そこをやめたが走力が落ちてない選手が加わってくる。

区間記録は郡市の部で実業団チーム並みの記録になっているのが現状だ。

昨年は足の故障で走らなかったためトライアスロン用のオフを過ごせた。

メインはトライアスロンのオフトレーニングであり、中途半端な気持ちでは走れないため、できれば断りたいところではある。 特に冬場のレースは体質からも調整が難しく、故障も発生しやすくリスクが高い。

頼まれると断れないし、恩返しだと割り切っての出走だ。

その瞬間に責任も付いてくるのがチーム戦だ。

が、このオフは世界を見据えた取り組みを行っているため、自己改革になる事はどんどん取り入れるようにしている。

先週あったMTBの5時間耐久レースによるお尻の皮がやっと癒え、違う競技に出た事でダメージが残り状態が変わっている。

この週は『必死で・・・』と言うのが当てはまるほどの想いだった。 2年前にすごく良い走りができ区間4位で走りきっている事もプレッシャーになっているのか、 いざ出走する事になると重くのしかかるものを感じたのも事実。その分動きが重くタイムを追う練習は満足に出来きなかった。

木曜日に気温がさほど低くなく仕事の帰り道にインターバルトレーニングを入れ、 前日にたまたま地元の第3中学の選手たちが1000mをしていたので最終刺激に便乗できたくらいだ。

結局、ベテランらしく今できる事をしっかり行うだけだった。それ以上どうする事も出来ぬ。

チームは前日入りしているのだが、自分は晩に三原市水連の子どもたちと水泳の練習があるため土曜日はフルにもらった。

レース前のウオーミングアップでもさほど状態は変わらないが、ここは割り切りだ。

【今の状態で100%だしきろう!】走る前のまじないだ。

日本一のレースが繰り広げられるランナーの通過後は、郡市の部はすぐにタイムが開き繰り上げ出発になるのだ。

例年なら前の区間で遅くともそうなるが、今回は違った。

つながっているのだ。しかし自分の前の区間は最長区間であり自分までは難しいだろうと覚悟できていた。 (つながらない時にショックが大きい。)駅伝でタスキがつながるのとつながらないのではパフォーマンスに違いがはっきりでてしまう。

しかし今回はこれがいいようになったか。

1分少々足りなかったようで、姿が見えないうちに繰上げ出発。

4Km手前で先につながっていた全国高校駅伝常連の由良育英高校をとらえ、続いて郡市の部、一般の部のランナーをそれぞれパスし、 その走りに自分自身が驚いた。

中間点の5.55Kmで16分30秒のラップ。ここまで平均でも2分58秒台で刻んでいることになる。

さすがにこの走りは後半持たないが行けるところまで行くしかないと踏ん張ったが、 勢いは止まっていたため後半に強い選手が2人追い上げてきた。

今までの自分ならここで終わっていたかもしれない。

冷静に判断。明らかに自分より呼吸が荒い選手一人、同じようなストライドであわせやすい選手一人。

ラスト1Kmと、ゴールが見え出すラスト200mにポイントを置いていた。それまでは我慢!

疲労で状態が沈みながらもこらえた。

ラスト1Kmでスパート。一人の選手の鼓動は聞こえなくなった。

ラスト200mは最終区のため渡すわけではないがタスキをはずして猛烈ラストスパート。

繰上げ集団の中では1位でという意地もあった。

35分を切る自己コースレコードで昨年なら区間賞。

手応え充分!もしやと思ったが前述したとおり、今年は優勝したチームなどコマをそろえていたのが現実。残念。

区間3位でも前半の走りと、後半の粘れる自分、そしてトライアスロンレースにおいてのシュミレーションもできた。 進化を感じた充実の駅伝となったようだ。

この二人【元同僚の中国電力:内冨・JFE:上野】が最後までデッドヒートを繰り広げ3秒差で決着。(JFE優勝)

日本一の後輩たちのタスキリレーも。

最終区のスタート地点

我が三原市体協の精鋭たちだ。

 

投稿者 テツロー

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