HOME > ガンバリスト! > みやじまトライアスロン女王

2008年6月19日

みやじまトライアスロン女王

彼女に会ったのは昨年(2007年)の日本トライアスロン選手権東京港大会の時。

自分はこのレースはバイクで失格になりコース途中で寒さに震えながら競技終了にて早々にトランジットへ向かっている時だった。

『福元さんに相談があるんです!』

レースを観戦する人垣から出てきたそう尋ねるように出てきたのが彼女だった。

声をかけてきたときは同年みやじま大会で2位だった選手だとも気づかなく、広島出身の選手だとも知らなかった。

内容はこうだ。

千葉大学を卒業後に地元の東広島市へ帰ってトライアスロンに励むか、今のまま稲毛の環境で続けるかというものだった。

そのときは自分はレース棄権した直後で低水温にやられ震えがとまらず声がはっきり出なかったため後で聞かせてとその場を後にした。

数時間後に再び現れて話をした。

本気でトライアスロンで強くなって、夢をかなえたい!という。

自分は将来このような目をした競技者を育てたいと思わせるものを感じた。

彼女の情熱がどれほどのものかは分からない。

地元に戻ればたいてい一人でやっていかなくてはならなく、その環境もどこまで構築できるのか分からない。

今の稲毛の環境はトライアスロン界でも名の知れたところ【トライアスロンで北京五輪代表に決まった上田藍選手もいる】であり、 そこで強い選手たちにもまれながら競技するのがいいのではないかと思った。

そのような内容で彼女に伝えたが、トライアスロンが国体に参入してくる。

広島県の代表で狙いたいという。

その思いもこめて今年は広島の選手として今大会も出場。

まずは広島にこのような選手がいるのを知ってもらうほうが良いといっていた事が実現した。

冬場に靭帯を痛め沈んでいた時期を乗り越えての出場。

『今のできる範囲でまずレースへでてみたら?』からの挑戦であったが見事だった。

想いは通じることを見せてくれた彼女の勝利が今回の収穫だった。

どのような競技者になっていくのか・・・

広島県の女子では、知る範囲では残念ながら高い競技志向のトライアスリートはいない。

近い将来、広島にこんな素晴らしい選手がいるのだと言われることを楽しみに待たせてもらう。

中原恭恵(なかはらやすえ)覚えていてほしい。

投稿者 テツロー

-->

最近のエントリー

カテゴリー

バックナンバー