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2013年1月28日

いつの日か割切れる日がくるのだろう

2012年度から広島県トライアスロン協会の理事に就任した。
昨日、その年度の整理・人事の事、次年度の計画や準備も合わせた2013年新たにスタートといったものだった。
理事というのは名誉職ではなく、競技する人のために尽くす場だ。
各競技団体のそれは、仕事でもなければ趣味でもでもない。時間や労力を捻出し捧げる。いうなれば雑務だ。
世の中はこうした人たちがいて成り立っている。
そのポジションが好きな人もいるが、たいていはその支えられる方である。
私が生きている場所も、両親から始まり多くの方の心や支援を受け生かされている。
恩を形にするため競技者は結果にこだわる。そこに犠牲を払ってもだ。
それに一心を投じて、立ち向かうことで、たとえ結果が出なくても、やるだけはやったと思える形を残し次へ進む。
しかし、この支える側というのは、形にはなりにくい。

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世の中では、事(大会)が無事終わって当たり前だという事、

事故でもあれば何をしているのだと形が豹変する。人生を支えられ続けてものにとって、その人たちの心へ感謝の形を届ける事は難しい。全霊を持ってそれに徹する人生をしたいとは今は思えないところがどこかにある。
人のために動くことこそが本当は大切なことだとは誰でも思うだろう。
しかし、これには順位などつくような評価はないし、身銭を切ってでも行うのがボランティアである。
仕事でもなく、スポンサーなどの支援を受けて行う活動の場ではないところでもある。
実に複雑だ・・・まだ自分が人として大成できていないからだと言ってしまいそうだ。
競技を続ける大変さを、若いとき以上に痛感しだす年頃だ。
それでもそれをやり続ける美学がある。
困難を乗り越え続けることで、勇気や気持ちを発信できるという気持ちは強くなっているのは事実だ。
しかしながら、このように尽力される人たちがいてくれるから、自分が生かされる場があることも分かってはいる。
大変だと分かっている場だが、入ってみると想像以上な事もある。
目指すところを目指す!そんな気持ちでいたのだが・・・最近は少し違う感覚になってきたのかもしれない。
それが退化なのか、進化なのかは分からないが、少しその流れに乗ってみるのも良いのかとも思う。
素晴らしい団体の裏には、人たちの苦労があることは知っているだろうが、経験することと、想像は全く違う世界だ。
複雑である・・・が、歩む道ではある。
いつの日か割切れる日が来るのだろう。
そんな気持ちにさせてくれる競技者に会いたい。
そんな気持ちにさせてくれる人に会いたい。
それまでは、自分のポジションだと思うところで精一杯やる。
体が動かなくなれば、頭が動くようになってくれればいいのだが・・・
まだ伸びている部分を感じているうちは、自分自身へ期待したいし、していきたい。
人生の先輩たちの魂を受け継ぐ事は、感じるアンテナを持つ者の使命なのだろう。
使命を果たせる人になりたい・・・

投稿者 テツロー

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